« 柄本明の言葉(2) | トップページ | 柄本明の言葉(4) »

柄本明の言葉(3)

 リーダーはね、思いっきり注意深い人でないとだめだめだと思いますね。

 ぼくが大学の演劇部に入ったのは、映画研究会に入っており、脚本の勉強のためだった。ところが、映研をやめ、演劇部だけになった。演劇部のほうが魅力的だったからとはではなく、映研が面白くなかっただけのこと。
 当時の演劇部の部室は今にも壊れそうなプレハブで、学生運動の名残のヘルメットや角材があった。活動はテキトーで、その演劇部もやめようかと思っていた。何のきっかけだったのかはとんと覚えていないが、結局6年在籍した。
 そこで芝居つくりを何か学んだかといえば、これだ!というものが思いつかない。そんなぼくが演劇部顧問になったところで、発声やら運動を教えることができるはずがない。ぼくは指導者ではなく、一番の観客になることにした。よく見て、よく聞き、おかしいと思ったことや疑問をすべてぶっつける。それだけ。

 衣装や小道具に金をかけないで、知恵を働かせること。そうしたことも演劇のなかに含まれると思うし、それがまた、僕らの演劇の武器のひとつなんじゃないかと思うんですよ。

 ぼくの書く芝居は室内が多い。でも、壁とか窓とかドアのある装置を使ったことがない。作れないから。お金もないし、あったところで作って、運んで、設置して、ばらして、また運ぶ。そんな労力を考えただけでメンドーに思えてしまう。で、ずーっとやってきて、要らないという思いを強くしている。時々そういう何もない舞台での芝居を見ることがあったが、ドアを開ける真似をしただけで、引いてしまったものだ。ドアがないのに、開ける真似はしちゃあイカンと思う。だって開けるたびに手の位置が微妙に違うんだから。むしろ、極力説明的なものを取り除くところに演劇はあるんじゃないかとさえ思っている。

|

« 柄本明の言葉(2) | トップページ | 柄本明の言葉(4) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 柄本明の言葉(3):

« 柄本明の言葉(2) | トップページ | 柄本明の言葉(4) »