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『あぜ道のダンディ』を観る

 ビデオレンタル店に一人で行くことは滅多にない。子どもが用事があった時に、乗せていって、ついでに借りるというパターンが多い。彼女たちがCD2枚選んだら、店員が必ず「5枚で1000円ですよ」というので、「いやいいんだ」というのが面倒なので、3枚選ぶ。まず落語のCDの棚を見て、新作がないか探す。次にジャズの棚。たいてい老眼鏡を持っていないのでタイトルとアーチストの名前以外の小さな文字は読めない。内容がわからない。だから気合で借りる。あれこれ迷った挙句の果ての気合だから、その分よく聴く。ほとんどは、車のナビに入れて運転中に聴く。子どももそこに放り込み、彼女たちが乗っている時は、それrを聞かされる。サカナクションとかいうのは、入れてくれてうれしかった。彼らの才能は今後楽しみ。今日、志の輔の「はんどたおる」が借りられていて、嬉しくなった。拓郎のベストが借りられていたのも、おっいいぞ、と、思った。

 で、映画。父親が父親であろうとする姿を描いている。それは時に滑稽なんだけれど、滑稽なほどに哀しみみたいなものを感じてしまう。親であるが故に過剰なほど自分のことと重ね合わせてしまうのかもしれない。この男に救いはあるのか、と、痛い気持ちで観ていたら、後半になって、心配の種の子どももそれなりにきちんと考えている姿fが出て、ホッとした。
 世界がドータラコータラという映画は全く興味がない。こういう名前のない市井の人のささやかな日常のちょっとした起伏で十分だ。それは映画でしか描けないのではないか。

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