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もの食う人達

 誰かが何かを食べている、その様が時々、命が永らえるために食べているように思える時がある。それは、時にグロテスクに、時に神々しく見える。

 生き物が食べるものはすべて命あったもの。『ノッティングヒルの恋人』にフルーツだけしか、それも木から落ちた「死んだ」果物しか食べないという女性が登場する。木から採った果物は「殺した」ことになるから。そういう人が実在するのか知らない。そういう人をつくりだすところに人間の面白さがあるのかもしれない。人間は人間で遊ぶ。人間を遊ぶ。

 たとえば畜舎にモーツアルトを流すと牛乳がよくとれるとか、部屋の鉢植えに話しかけるとその植物が元気だとか、そういうことを聞いたり、読んだりする。命は交感できるのかもしれない。ともかく、すべての命はほかの命を喰らうことで、命をつないでいる。食べるということは、厳粛な儀式かもしれない。「いただきます」「ごちそうさまでした」は作ってくれた人にではなく、それを与えたくれた命に向けられているのかもしれない。そう考えると、日本って、いい国なんだ。

 

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