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スティーブ・ハミルトン『解錠師』を読む

 563ページの長編サスペンス。グイグイと引っぱっられて読んだ。さりげないユーモアに満ちた台詞がちりばめられ、金庫を開けるドキドキの緊張、恋の弾む心、そして時々深呼吸をしてしまうラスト。設定も展開も素晴らしい。そういう作品だけが与えてくれる読後感。

 些細なことを一つ完璧にやりとげるだけで人生はがらりと変わる。

 主人公がつぶやく。それをそれを捩れば、「いい小説を一冊読むだけで人生はちょっとだけいい方向に変わる」となる。

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ポロン(1)

 演劇大会で上演が終了してホッとしてるときだったと思う。部員の女の子が「子犬が産まれたんです。見に来てください」。ぼくは聞き流した。休みの日、そのことを思い出し、子どもを連れて見に行くことにした。そのとき、子どもの母親は「もらったら」と言った。それで、見に行って、8匹くらいいた子犬から、上の娘が「ソックスはいていrつみたいで、これがいい」と言った。前足のくるぶし付近が白かった。
 子犬をもらって、そこの家の人も我が家の子どももぼくもよろこんだ。でも、その結果、その子犬は母親と兄妹から引き離されることになる。ぼくは時々そのことを思い、申し訳ない気持ちになる。うちがもらわなかったら、どうなっていたかはわからない。もっと恵まれた家に行っていたかもしれないし、そうでないかもしれない。人間でも、そういうことはあるから、現状を受け入れてもらうしかない。

 ポロン、という。上の娘が名付けた。4歳になる前のことで、意味とかを訊くこともないか、と、思い、音の組み合わせとしては悪くはないナと思った。以来、13年と3カ月、ポロンはぼく達と生活を共にしてきた。人間の年齢としては、70歳近い。最近は要領を得て、無駄がない。家を出るとき、「留守番」と言うと、動かない。家の前の畑で所有者が仕事をしているときに帰ってくるとその人の方にちょっと走っていって吠える。その人いわく「あんたが帰ってくるまではおとなしかったんやけどな」。
 おそらく責任感みたいなものを感じているんだろう。さすが70歳のオババ。でも、吠える元気があるだけいい。

 ぼくは早起き。暗かろうが寒かろうが、5時には散歩に行きたい。最近、ポロンは「行くよ」といっても動かない。首輪をつけて引っ張っても動かない。自己主張。で、仕事から帰って散歩に行く。疲れてんのに。ぼくも、彼女もカウントダウンに入っている。仲間、あるいは同志、戦友を煮詰めたような関係だ。彼女のことを記しておいても、と、思う。

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有川浩『レインツリーの国』を読む

 書店で名前に触れたことがあるが、何度も触れるので、つい買ってしまった。
 読んでいるうちに、ここまで書けるってすごいと思った。それは「浩」をひろしと読んで、男がここまで書けることに打ちのめされた(大袈裟?)んだけど、表紙にはローマ字表記で「Hiro」とあり、ああ女性なんだな、と、合点。男は、多分、主人公の男をこういう風には書けない、書かない。
 設定は面白いし、啓らかれることは多い。それを上手に運んでいく。ただ、もしかして最後の方は推敲が十分でなかったのか、?の表現がある。

 読んでいる途中テレビで「ゴールデンボンバー」の結成から今までを聴いて、時々観た。彼らは面白い。イイカゲンサが面白い。歓迎するおおらかなバカ。サザンのデビュー時に覚えた興奮みたいなものがある。こだわりの方向がチョイ違うので、・・・。
 金爆のリーダーが好きになった女性が聴覚障害者ということで、あれこれ考えたらしい。そこんところが、有川の小説と重なる。この偶然は面白い。こういうことがある。

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ヘンリー・ペトロスキー『フォークの歯はなぜ4本になったか』を読む

 フォーク、クリップ、ファスナー、鋸、缶と缶切り等、どこにでもある日用品の進化を豊富な事例を使って、丁寧にたどっている。
 日用品の多くはあまりにありふれているためあまり注目されない。缶詰を開けようとして、缶切りがなくて、やっと探し当てた時に有り難味を感じるくらいで、普通感謝されることはない。ただ、そのなんてことない現在のカタチに至るまでには沢山の失敗とその都度の改良があったのだ。そして、それに関与した人、一応現在の完成形をつくった人、その数はかなりの数になると思うが、誰も名前を知らない。
 少しだけ、何かを見る時、いつもよりしげしげと見てしまうという効能のある一冊。

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ひろさちや『お葬式をどうするか』を読む

 祖母が逝去し、お寺に行った時、そこの住職の奥さんらしき人は「それはそれは云々」もなく「こうなっております」と料金表を差し出した。それから寺への不信が募っていった。昨年父が逝去。より近くでお寺に接し、疑問も不信もさらに募っていった。この一冊でぼくは自分の考えを丁寧になぞり、わが意を得たり、と。

 戒名がよく問題にされる。おかしいのは、金によって戒名が違うこと。宗教家がここで差別しているのが納得がいかなかった。そもそも、寺は一般人の葬式をしないものだと、ひろさちやは言う。だから、戒名をつけることで弟子になる、仏門に入るという形にして、筋を通そうとしたらしい。俗名でいいのだそうだ。だいたい、死んだ人間のことをよく知らないのに、テキトーな戒名をつける坊主の神経を疑う。

 いずれこの辺のこと『夜伽の部屋』で詳しく触れることになる。葬式、墓、法要等、そういうことに疑問を持つ人は一読するといい。

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メインイベント、終わる

 おそらく豊南高校での一番大きな行事は「総合学科実践研究発表会」かもしれない。佐伯文化会館をほぼ全館借り切りで行うんだから。ぼくは舞台係の下っ端で、邪魔しないことだけを心掛ける。
 ただ。
 演劇形式でやるのに、この際少しでも演劇っぽいものでも経験できればいいのに、と、思う。無駄が多すぎる。でも、人の前で何かをするという意味だけを考えて、ぼくは下っ端に徹した。

 朝は車が冷凍されていた。でも、だから、晴天で風もなく、昼食時には屋外で弁当を食べている生徒が多かった。

 豊南の生徒はよく動く。感心する。

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コンビニで妄想する

 あるコンビニで美しい女性を見かけた。目鼻立ちくっきりの女性。ぼくは、この歳になると瞬間でその女性のあれこれを判断できるようになっており(単なる独りよがり?)、その人がレジ前に立っている、その斜め後姿とちょっと垣間見た横顔で、ぼくは彼女の魅力を感得した。一つだけ気になったのは、彼女がレジのカウンターに置いたのがリポビタンD一本。そのチグハグ感。彼女が去った後、ぼくはあれこれ考えた。もしかすると、爺ちゃんかお父さんから携帯に電話がかかってきて、頼まれたのかもしれない。あるいは、すでに結婚してて、旦那さんからのリクエストかもしれない。彼氏ということはあり得ない。もし彼氏なら、リポビタンのグレードを上げるだろうし、添え物があるだろう。あるいは、彼女が飲むのか。これからちょっと頑張るか(何に?)ってことでファイト~一発!

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『梅ちゃん先生』と『ドクターX』

 今日の朝『梅ちゃん先生』が放送されていて、少しだけ観た。大事件とかじゃなく、ささやかな日常を微笑ましく描いている。もう終わったけれど、『ドクターX』は、これも垣間見る程度だったが、面白いとは思わなかった。医者が主人公というだけで、テーマも手法も異なるからその二つを比べるのは、もちろん、おかしい。ただ、『X』の方向でいくドラマはもういい。梅ちゃんは医者のフリとしか思えない演技だけれど、そのウソで描かれる人間と関係が面白い。

 マニアックなドラマは要らない。設定を特殊化しすぎているのはウンザリだ。そして特殊化する結果、人間がいい加減に扱われているような印象を受ける。人間で遊んではいけない。

 『梅ちゃん先生』は、梅ちゃんが60歳くらいまでつくり続けるほうがいい。「梅ちゃん」と「先生」が切り離せなくなるには、時間がかかる。

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雨の成人式

 成人式の高校生ボランティアに豊南の生徒も参加するので、一応、役には立たないけれど、カメラを持って、文化会館へ。

 1時から受け付けなのに12時にはもうかなりの新成人があちこちで話したり、写真を撮ったり(中には魔女のような爪ー見たことはないがーでスマホをいじるのが、見ててじれったかった)、タバコ吸ったり、ビール飲んだり・・・。皆とてもテンションが高かった。雨に晴れ着は可哀想と、主催者が受付を30分早めた。しかし、多くは雨の中でもタバコ吸ったり、ビール飲んだり、写真撮ったり。濡れるのが嫌な新成人は、受付を澄ますと、その付近で既述のあれこれをするものだから、込み合って邪魔で仕方ない。昨年も同じような形で参加したが、改めている点が全くない。改善しなさい!

 で、2時になって太鼓の音が聞こえ始め、主催者に受付を片づけましょうと提案。高校生に成人式を見せたかったし、何より暖かい。太鼓の途中で会場に入り、以後観たのだが、去年と全く同じ。市長の式辞が実につまらない。単語をいくつか置き換えれば、卒業式にも使えるほどで、新成人に何かを伝えようという熱意のかけらもない。やっつけ仕事。
 それは構成と進行も同じ。面白くしてやろうという気持ちがないのかな。司会との打ち合わせも全くなされていなかったようだ。

 同級生と会える以外に、何もないんじゃないのか。関係者の熱意と思いやりあふれる再考を望みたい。

 寒い中笑顔で働いた高校生の皆さん、お疲れ様でした。

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老い越し、老い抜かれ

 年末にBSTBSで開高健が愛したモンゴルを俳優小林薫が訪れる番組があった。生前の開高がふんだんに出てきて、ソノラスな雄叫びをあげたり、イトウと格闘したり、つぶやいたり。
 開高が亡くなってもう25年が過ぎた。東京で、ボロアパートに帰る坂の途中の古本屋で『輝ける闇』を買って、隣の酒屋で買った薩摩白波を飲みながら読んだのが、開高との出会いだった。以来、目に触れれば読んできた。ぼくの精神の主要成分の一つになっていることは確か。番組で知って驚いたのは、彼は58歳で亡くなったのだ。マエストロのように思えたのに、若かったんだ。そして、ぼくは彼の年齢を越えてしまった。

 最近犬が朝の散歩に行かない。外には出るのだが、行くよと声をかけても動かない。それで、頭にライトをつけて一人で大股歩きをしている。
 そこでネットで「犬の年齢」を調べたら。彼女は今70歳くらいになる。犬の一年は人間の4年になるとかうろ覚えで、「あんたももうおばさんやで」とか話しかけていたのだが、とんでもない。とっくにぼくを老い抜いていたのだ。これじゃあ冬のまだ暗くて寒い散歩は気がすすまないだろう。休みの日の午後だと誘えば喜んで行っているように見える。遠くないいつか介護が必要になるかもしれない。その点に関しては同類が、その時にはどうすればいいかを考え始める。

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赤坂治績『江戸歌舞伎役者の〈食乱〉日記』を読む

 三代中村仲蔵は江戸、京、大坂以外では公演ができなかった大芝居(幕府公認の劇場)の役者だった。しかし、諸事情でそれ以外のところでも舞台に立っていた。しょして、彼は細目に記録を残していて、その記録に食べ物に関するものが多いことに赤坂は目をつけ、本書を書いた。

 出てくる食べ物はどれもおいしそうで、その多くは今も残っている。もしかすると、和食は江戸時代にほぼ完成していたのではないかと思える。食い物を説明する際、時代背景もちょっと説明し、なるほどと思うことも多い。和食に興味のある人は、食事の際にちょっと話すのにちょっといい話を仕入れることもできる。

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久しぶりに大河ドラマを観る

 ドラマで一番イヤなのは説明。台詞の中に状況や人間関係を説明する部分が多いとウンザリする。NHKの『八重の桜』の冒頭は、こういう時代のドラマですよという前置きの説明が結構長く続いて、そういう始め方は好きじゃないけど、我慢して、観た。

 前置きが終わり、八重の子ども時代から始まる。この子役が素晴らしい。映画『阪急電車』での芦田愛菜ちゃんにも感心した。年末に再放送された『相棒』で、話すことのできない女の子が、助けてくれた犯人に、手話とどうにか音声化した「ありがとう」を繰り返す場面には感動して泣いた。子役、特に女の子は、演技が直で、妙な計算をするオトナの役者は食われてしまう。
 八重の子ども時代を演じた役者にぼくは引き込まれた。最初の説明は予告編と考えればいい。目がいい。活きてるし、強さがある。できれば、民法のアホなバラエティには出ないで、学校生活を中心に、ドラマを選んで、時々出て欲しい。

 『八重の桜』初回は視聴率も20%を超えたようだ。それは期待だろう。昨年のは、何故今清盛なんだと、首をかしげた。傾げた首が戻らなかったので、観なかった。同じような人が多かったのかもしれない。ぼくは綾瀬はるかを観たいから。この女優は景色がいい。子ども時代が長くて、焦らして、焦らして、春あたりに出てくれればいい。それくらい、あの子役をもっと観たいと思う。
 

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井上ひさし『にほん語観察ノート』を読む

 様々な場所で様々な人が発した言葉、書かれた言葉を引き金に、ひさしが考察を巡らす。面白くて一気に読んでしまった。

 その中の一つ;

「この試験の終了後、自由時間(12時間)と自転車を与えられたなら、どこを訪ねたいか。場所と理由を述べよ。」


という信州大学理学部生物科学科の小論文試験。この問題を作成した井上教授の言葉も引用されており、曰く「短い時間で自由な発想ができる学生を選びたい。研究では発想力が大切。決まりきった発想では研究の進歩がな」。

 ところが、アメリカのある大学の記述試験問題は、面白いと思う同時に書いてみたくなった。それは;

「晩年になってあなた(受験者)は300頁の自伝を書いた。そこで、その自伝の288頁目を全文、ここに記しなさい」
 

 ある程度の学力があれば、この手の問題で判断したほうがいいのかもしれない。高校の学習(受験勉強)にそういう部分を取り入れたほうが、結局は役立つと思う。

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『ビッグピクチャー』を観る

 10年くらい前、いやもう少し前になるかもしれないが、文庫本で面白く読んだ。その腰巻に「映画化決定」とか書いていた。しかし、以後その映画の情報に触れることはなかった。

 アメリカ人が書いた小説をフランス人が映画化した(台詞がフランス語だったし、・・・)。その組み合わせがよくなかったのかもしれない。前半が鬱陶しいくらいに暗くてしつこい。ラストも思わせぶり。アメリカ人がつくっていたら、もうっとエンターテイメントの要素が多くて、よかった、よかったのエンディングにしてたんじゃないだろうか。

 これがいいと書いた人間がいて、それを映画にするならこうするのがいいという人間がいる。どっちがいいかは、受け手それぞれ。ぼくは小説のほうが断然面白かった。

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六角精児『三角でもなく四角でもなく六角精児』を読む

 善人会議のキャストの中にその名前を見たことがあるが、『相棒』のキャストの中にその名前を見つけた。ああいう顔だったのか。ウム。

 六角が日常のささやかな出来事をつづった本。背伸びすることなく、率直に書いている。その辺がいい感じで入ってくる。3度の離婚、2番目の奥さんとの再婚。ギャンブルに明け暮れて、サラ金への多額の借金。その辺も素直に書いているのだが、いい感じの人という印象が強くなる。率直は武器だな。ただ、タイトルがよくない。長いだけで、面白味がない。もっと遊んでよかったと思う。

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元気にやってるじゃないか

 初めてのバイトを経験した娘を迎えに行って帰る途中チャンキーでたこ焼きを買いに寄ったら、店内でたこ焼きを食っている二人から声をかけられた。鶴岡の卒業生で、地域のことを考えて仕事をしているようで、これから会うこともありそうだ。チャンキーでの再会がよかった。うん。

 帰ってパソコンを開けると、津久見の卒業生からの書き込み。そうか、二十歳なのか。目の前の人間が16歳から18歳なので、それ以上の年齢にはとんと無頓着だもんな。また連絡してください。都合をつけて、再会を楽しめるようにします。うん。

 今日、佐伯で雪が舞った。北から風で飛ばされてきたような雪だった。明日は仕事はじめというのに、出鼻をくじく寒さ。老いて潤いがなくなった身体には、地球温暖化がウソに思えるほど、寒さが刺す。でも、心臓は刺せないだろ。そこまでワイルドじゃないだろ。それを超える心のワイルドを持てばいいのじゃないか。ウン。 

 

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大分に行く

 明けましておめでとうございます。いつも、あるいは時々、このページを開いてくれてありがとうございます。昨年は文章が荒れていたので、今年は、昨年誓った「丁寧に生きる」をこのページでも実践しようと思います。じゃあ他のところでは丁寧にやってたのかよ、と、突っ込まられそうですが、依然よりはほんの少しは丁寧になった部分があるのではないかnァ、と、・・・。

 さて、子どもの「初売りに行きたい」のリクエストに応えて、大分に行ってきました。駐車場を探す時間を考えて、デパートの近くでおろして、空いている駐車場を探し、ジュンク堂で時間をかけて本を選び、あれこれ迷った挙句3冊に絞り、デパート裏の喫茶店に行き、コーヒー2杯で2時間を本で過ごし、待ち合わせ時間15分前に行き、楽器をブラリと見て回った。早く行ってしまうと、エレキギターを買ってしまうかもしれないと思っての防御策。つまりよく見て、考える時間を排除した訳です。エライ!

 子どもの母親の実家に寄って、挨拶と短い会話の後、パークプレイスに。駐車場が混んでいたので、先におろして、駐車スペースを探した。TAOがライブをやっていた。そこで、思い出されてしまったのが、インターハイの開会式。大分国体のビデオを観なさいとインターハイ事務局から送られたが、そこでTAOが太鼓を叩いた。インターハイでも大分高校、野津高校、安心院高校の太鼓部が叩く。TAOが大銀ドームでは点のようにしか見えなかったので、ぼくは、ちょっとだけその不満を解決する演出を提案し、受けいれられた。でも、もっと工夫を入れこまないといけない。わかっている。で、あれこれ、考えてはいるけれど、皇太子がいらっしゃるので、警備の関係上けっこうややこしいみたいなのだな。芝居の稽古場では時々激烈な対立で激しい言葉の応酬があるけれど、インターハイ本番近くになったら、あるかも。

 年末の大掃除で腰がいけない状態になっている。まさに体の要で、腰の不具合は活動を制限する。でも、必要なことはする。それで、動けなくなっても構わない。その時はたぶん何かすることができるんではないか。何もしていないと、それはないはずだ。

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