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井上ひさし・つかこうへい『国ゆたかにして義を忘れ』を読む

 裏表紙の裏に1986年2月22日の日付。そして、買った時のコメントを書いている。昔はいつもそうしてた。中には女性とすき焼きを食べにいったことを、よせばいいのに、長い文で記録している本がある。演劇論の名著で捨てるわけにはいかないし、読み直すってんで、机の上とかに放置してて、誰かにパラパラとやられて、ってのも困る。まッ、ということで、27年ぶりの再読。ひさしとつかの対談。以下、付箋を貼ったところをいくつか;

いま、魅力的な女の人ってのはたいてい二号面といいますか、メカケ面していますね。

演技やっていれば本質にすりかわりますものね。

世の中、だまされ方の問題なんですよね。「こっちはいつでもだまされてあげるから、上手くだましてくれ」っての。泣きたいときに自分を泣かせてくれる、これが一番です。

生き方はもちろん、例えば親が死んだ時の悲しみ方すらわからなくなってきている。

ハッピー・エンドにする力量のない人は小説なんか書いちゃいけないと思います。

最近、タクシーの運転手さんが話し好きになっていませんか。

僕らのやり方って「本気なふりしてふざけられるか」というところがあるんです。

最近の事件には、モラルというんじゃないですけど、自分の作った嘘みたいなものに自分が酔えちゃう、というような面がありますね。

最後は、美学にならないと死ねないんですかね。

二人とも亡くなった。もっとも勢いがあった時の二人の言葉は切れ味がある。はて、27年前読んだ時、どんなことを思ったのだろうか。

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