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ジェフリー・ディーヴァー『コフィン・ダンサー』を読む

 一度読み始めたら、最後のページに行きつくまではやめられない。リンカーン・ライムが対峙する犯罪者が強力で、展開に翻弄される歓び。そして、時々、ぼくのような鈍感な読者にも、先を読ませる仕掛けを用意し、くすぐってくれる。

 ライムが超微細なものにも丁寧に分析し、考える姿勢が、ぼくにも伝染してきて、これからは今までと違い緻密さを生活に取り入れようと決心している。ウン。

 次の作品を読みたい。雨の中本屋に行きたいと思う。それは酒やタバコへの欲求より強烈で、もはや中毒といってもいい。ディーヴァー作品より、酒やタバコの方が弱いのも嬉しい。しかし、ここで今週のことを考え、採点と成績処理をやっちまってからと自分を諌める。よし、明日からは馬車馬のように働こう。

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三浦しをん『神去なあなあ夜話』を読む

 隣の机の主がいなにので、背もたれに頭を乗せて、両足を隣の椅子にのせて、本を読む。たぶん腰にはよくないだろうナと思いつつ、だいたいその姿勢で読み、疲れたらパソコンに向かって仕事をする。最近は集中力が続かず、一日に200ページがいいところ。来年の今頃は、読書中心の生活になると思うが、そのためにも、梅雨が明けたら、運動をして、一日300ページを読めるだけの体力をつけなければ、と、思う。

 数年前、ここで同じ作者の「日常」篇を取り上げたことがあるが、「夜話」はその続編。おそらく登場人物が『魔術師』みたいに多くなく、山間部の小さな村が舞台なので、「日常」で人物も土地も馴染んだのだろう、筆が軽やかに進んでいく。悪人が一人もいないのがいいし、ささやかな生活の中に吹くさあやかな風に当たると、こちらも気分が良くなる。続きを読みたくなる。

 『魔術師』の作家の作品を読みたくて本屋に行く。最近はリーディンググラスがないと活字と付き合えないが、本屋に行くときには持っていない。リンカーン・ライムシリーズの最初から読んでみるかと、手に取れば、薄い。少々がっかりして、子どもを早めに迎えに行き、読もうとすると、腰巻に「文庫はすべて上下巻」の文字をみつけ、だから、か、と、でもまァ後で下を買えばいいやと思い開くと18の数字。なんてことはない下巻を買ってしまっていたのだ。用事を済ませて、さっきの本屋に行くと、上がない。ちょっとツイテなかった一日。

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『ソーシャル・ネット・ワーク』を観る

 フェイスブック創設者ザッカーバーグの伝記映画。世界最年少の億万長者とはいえ、映画のモデルになるのも若い。

 フェイスブックは、一応やってはいる。最近、画像を載せることができ、数回投稿してみた。内容は無害なもので、熊本の八千代座、五家荘の能舞台、飯塚の嘉穂劇場。面白くはないだろうが、律儀に「いいね」をクリックしてくれたり、コメントを書いてくれたり。それはそれで面白い。大半が演劇・高校演劇の関係者だが、日常雑記みたいなのが多い。面白ければ「いいね」をクリックするし、それ以上ならコメントする。ただ、「だりーィ」とかだけ書いてあるものは無視するし、時には「ちゃんと書け」とリクエストする場合もある。それは、生徒、あるいは生徒だった「友達」の場合が多い。
 ザッカーバーグはハーバードの学生の時にひらめいて始めたようだ。そのひらめきを形にできることは羨ましい。「友達」になれば、ここ最近の動向がうかがえるから便利ではある。使い方次第では、まだまだ成長するかもしれない。

 ただ、映画は面白くない。ぼくみたいなアナログ人間には、ザッカーバーグ本人より、フェイスブックが主人公に思えてしまうのだ。アカデミー賞でも何か賞を取った気がするけれど、ウ~ン、パス。

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ジェフリー・ディーヴァー『魔術師』を読む

 なるほどそういう手があったかと思いながら読んだ。イリュージョニストが犯罪を重ねていき、車椅子の犯罪学者と活発な女性巡査、それに若い女性のマジシャンが協力して解決に向かう。

 500ページの300ページくらいで犯人が逮捕される。おいおい、残りの200ページは何なんだよ。ところが、そこからまた物語はうねり出す。今日から期末考査。採点よりを本を閉じる方を選んでしまった。ハリウッドが飛びつきそうな作品。面白かった。もう一冊読みたくなった。だが、学校の図書の中にはない。文庫本を買わねば。

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『アカシアの通る道』を観る

 パラグアイからアルゼンチンのブエノスアイレスに木材を運ぶトラックに赤ちゃんを連れた女性が同乗、彼女が下りるまでのロードムービー。
 ドライバーは極めて無口・何か話せよと突っ込みたくなることしきり。だから全体的に会話は少なく、全部ひっくるめても原稿用紙5枚に満たないんじゃないかと思う。ところが、だからこそ、表情や仕草に情報を頼ることになるから、よく見る。そうすると、結構味わい深い映画となっていく。かすかにドライバーの家族周辺が語られ、垣間見えるが、二人の周辺はあまり明かされないまま映画は終わる。最後にドライバーが女性を「もちろん赤ちゃんも一緒に」と付け加えて、今度ドライブに行かないかと誘う。女性はOKするが、果たしてそれは実現するのかもわからない。つまり、誘いたくなる、OKするというところまでの「交流」みたいなものがあったのだという、監督は補助線を引いてくれたのかもしれない。

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『あ、春』を観る

 人の一生の中では予期できないことがたくさんある。それへの対処法は学校では教えてくれない。学校は基本と原則を教えるから、個々のケースに触れることはできない。ただ、こういうことはあるよ、だから、と、その辺は教えてもいいと思うが、学校にはそういう発想がない。だから、今の学校は奇形なんだと思う。豊南と鶴岡が合同しての新設校に、既存の学校が真似したくなる要素があるのか興味がある。それがなければ、新設校の意味はない。

 『あ、春』の様々なアレコレは、自分ならと考えながら観るといい。そのレッスンだ。

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『ハロー!?ゴースト』を観る

 自殺を図り、助かる、そのためか亡霊が見えるようになる。4人の亡霊がウザイんだけれど、その願いを一つずつ実行しないと去らないので、絶望男は苦闘する。
 その苦闘がバカバカしくてもう観るのをやめようと思った。しかし、もうちょっとと思っていると、そのバカバカしさが意味ある感動になる。もしかして、これを読んで観る人がいるかもしれないので、詳細は書かない。でも、この映画だけは、最後を観ないといけない。最後までガマンしましょう。

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エアコン稼働

 職員室よりは外の方が涼しい毎日が続き、今日やっと「試運転」ということでエアコンのスイッチが入れられた。設定温度は28度。しかし、除湿の効果は大きい。
 7月から9月まで使ってよいというのが県の命令。これが馬鹿げていることは明明白白。その日の温度で決めるべきなのだ。各学校の職員が次々に熱中症で倒れたら、県は少しは考えるかもしれない。何かを言えば「お金がありません」としか答えることができない。そこをどうにかするのが行政だろうが。金がないのなら、短パンをOKとしろ。仕方ない、ここはオレが倒れるしかないか。

 さて、台風、だ。今日6限目が終わって、職員集合があり、明日は様子を見てとのこと。被害がない程度に雨が降ればと思う。来週から期末考査だから、できれば休みになってほしくない。理想は試験中。試験中なら、一日延期だけで無害なんだけれど。

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不思議な感覚

 昨日、大銀ドームでのこと。おそらく皇太子殿下が着座なさるロイヤルボックスの真ん前に座ってマスゲームを見ていたら、名前を呼ばれた。振り返ると高価なカメラを持った女性。どこかで見たような顔だと思った。記憶を探り始める前に「○○です。英語は得意じゃなかったけれど」と助けてくれた。写真屋で働いているとのこと。もしかするとアルバム写真で来ているのかもしれないと思った。それにしても、最近そういう機会がけっこう多い。

 ぼくが最初に教えた(もし、教えることができたのならば)生徒は、もう今年50歳になる。記憶に残っているのは制服姿だから、おそらく、いやきっとどこで会おうとわからない。ただ、そういう中にあって、今でもポイと名前が出る生徒はいる。可愛い女の子よりは、悪ガキだった生徒のほうが、その割合は多い。可愛さは消えることもあるが、ワルは記憶から消そうにも消えないくらいに鮮明に刻み込まれているからだろう。でも、彼らの何人かはすっかり人のいいおっちゃんになっていることもある。

 授業で接した生徒を1年で200人とした場合、今までで6400人になる。今会って即座に名前が出るのは多く見積もっても100人くらいだろうと思う。そういうことに関係なく、6400人にぼくは少しでも役に立ったのか、傾げた首が戻らない。

 まァ、カメラ屋の彼女は、100人の中に入っていなかったものの、向こうから声をかけてくれた訳(お前からは声をかけるこはない!)で、少なくとも無害ではあったのだろうが、どこかの店員とかではなく、それよりは特赦仕事をしているので、嬉しかった。

 6400人の幸せを祈ります。

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マスゲームの練習を見る

 4限終了後、大銀ドームに行く。鶴城、臼杵、津久見、臼杵商業の生徒1200名でのマスゲーム。つなぎの部分の段取りが見えること、それがどうも気になった。
 今度は(他の大会でもそうなのだろうが)電通が絡んでいて、その責任者二人を紹介される。イベントのプロらしい。当日は事務局員にその二人とぼくで、ドームの上の部屋で進行を統括するらしい。その二人と話していると、事務局よりは話がスーッと通じる心地よさがあった。まッ向こうが合わせてくれているだけなんだろうが。

 終わったら、全部書くつもりだが、立ち上げ方に問題があったように思う。ぼくが参加した時にはすでに色々と決まっていたようだ。ゼロの段階から、電通も含めて話し合うべきだった。これは確信している。ウン。

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どうなる校歌

 豊南高校は今年最後の新入生を迎えた。来年からは鶴岡高校と合併し、新入生を迎える。玖珠農業と森高校も、来年かどうかは知らないが、同じようになる。そこで気になるのが玖珠農業の校歌。野口雨情作詞、中山晋平作曲のそれは、実にすばらしい。詩も曲も、おおらかでで、こうしなさいみたいな要素がない。学校名がないのもいい。

 以前にも書いたと思うが、舞鶴高校の校長になった一回生は初代校長の「しまれ、ねばれ、がんばれ、おしきれ」の舞鶴魂を意識して生活四原則をつくった。「遅れない、負けない、・・・」覚えていないが、否定形。彼は国語の教員だった。一度車に乗せたことがあるが、その時「先生の専門は」と訊ねたら「受験の国語」とのたまわった。舞鶴魂は素晴らしいと思うが、生活四原則はいただけない。

 大分の学校には南こうせつ、小椋桂、イルカなどの有名ソングライターが書いたものもある。その謝礼がいくらかはわからない。でも、何故公募しないんだろうかと思う。そりゃあ公募や有名ソングライターで、野口・中山のスーパータッグに勝てるとは思わない。でも、だからこそ、公募で才能を掘り起こすのがいいと思う。

 豊南と鶴岡の校歌は、残さなくてもいいかもしれない。だって、生徒が歌わないから。でも、玖珠農の校歌は統廃合で消えてしまうには惜しい。もったいない。新設校の校歌にしてほしい。

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嘉穂劇場に行く

 野球部の飯塚遠征を聴き、嘉穂劇場があることを思い出し、5時前に家を出た。開館時間前なのに、大分のナンバーを見て、開けてくれた。だから、一人で劇場を心行くまで見ることができた。(詳しくは写真とともにFaceBookで)。

 ところが、野球の試合会場がわからず、3つの高校に行ったけど、姿がないので、帰る。同じ道は走らないようにしているので、山道をグングン走っていると、燃料がゼロ。このままではヤバイと思い、食堂に飛び込んで相談。親切に応じてくれたので感動した。嬉しかった。ありがとうございました。教えてもらったスタンドに行けば、閉まっていた。いつストップするかヒヤヒヤしながら、ようやっと見つけ、助かった。帰りは日田から自動車道に乗る。400キロを走り、13時30分ちょっと前に帰宅。嘉穂劇場を見ただけだけれど、かなり充実。次は愛媛の内子座。

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『種まく旅人~みのりの茶~』を観る

 先日56歳で急逝した塩谷俊の監督作品。大分の風景、大分弁満載の映画。都会でデザイナーをしていた女性が、臼杵の祖父を訪ね、祖父が入院したため、茶作りをするという地味なストーリーだが、いい。派手なアクションもなく、ピストルぶっぱなすことも爆破もなければ、裸もセックスもない。だからいい。
 都会にいる時は全然可愛くない田中麗奈が映画の進行とともに、可愛く、魅力的なっていく。不細工な女や、と、思っていたのが、惚れてしまった。

 先日ある人とちょっと話した。舞台関係の仕事の人で、塩谷がつくった大分の俳優養成所は続くらしい。この映画を観るまではさほど興味がなかったので、熱い対応をしなかったけれど、次は大丈夫。熱く語りましょう。

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また、夢の中で

 『熱海殺人事件』上演の夢をみた。毎度同じように台詞が入ってないのに本番っていうパターン。いつも台詞が入っていない。嗚呼、またか、と、絶望的になっていると、相手役にHが台詞をささやいてくれる。それを唇にのせれば、舞台袖のAがOKを出す。

 これは、以前も書いたように、芝居への密度が濃くなった時の現象。いいことかもしれない。

 ただ、夢の生々しさ「あー、台詞が入ってねー」って、もういいんだよ。自覚してる。次に舞台に立つときは、すごいぞ。

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やい台風、待ってたんだぞ!

 いつもならとっくに田植えは終わっているのに、今年は遅かった。梅雨に入っても、雨が降らなかったせいだと思う。日曜日から雨が降り、加えて台風3号。この3日間であっという間に田植えが行われた。鮮やか。いつも思うが、それまでカラカラの田んぼに水を張ってしまうだ、それはぼくには魔法に思える。

 うちにも狭い田んぼがあった頃、田植えから稲刈り、籾をムシロで干すまでの作業をかなり手伝った。ぼくは、結構忠実に手伝ったと思う。ささやかながら戦力になっていたと思う。ただその都度の目の前の割り当てだけをやっていたから、農業の魔法の初歩も学ぶことはなかった。

 台風で雨が降れば、苗への雨が潤沢になる、と、当て込んでいたかもしれない。しかし、東にそれるようだ。それは、うちの子どもにも許せないことのようで、「なんでいつも来んの」。来れば、学校が休みになり、そんな「ボーナス」の期待を裏切られたようだ。
 

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松井秀喜が教えること

 『松井秀喜 38歳の真実』を観た。聴いた記憶があるので、多分以前に放送されたのだろう。でも、それでも観続けたのは、たとえば打っても打たなくても長嶋監督と素振りを続けたというその効果が目に見えない莫大な積み重ねをしてきたこと、あるいは自分の成果をひけらかさない謙虚で誠実な人間性、そういうものが一つに融合された魅力だろう。

 「積み重ね」の大切さと効果を忘れている人が多いのではないか。たとえば、高校の現場では休み時間や昼休みに進路達成に向けて英単語や漢字を覚えるなどのささやかな取り組みが少ない。10分で一週間で50分。一か月で3時間超。まとめて一日で3時間よりは効果があるのだな。たとえ短時間でも毎日やることの項かは大きい。時間がないという言い訳をする前に、時間をつくる方策を考えるべきだろう。松井の素振りが生んだ偉大な成果!

 たとえば校長になったら、あるいはベンツに乗ったら等々、自分が偉くなったと勘違いする人間がいる。そういう勘違いは表面に出る。それは周囲にはミエミエだから、ドン引きされる。校長になった途端、その権威を振りかざすバカが、昔いた。もちろん中には素晴らしい校長もいた。校長に任命する側の事情や思惑やらがあるのかもしれないが、すべては任命する側が悪い。明らかにバカなのに、任命するんだから。

 話がそれた。とにかく松井はひけらかさないし、弁解もしない。彼の検挙さと誠実は活かされるべきだろう。もちろん、人間は立場で考えることが多く、だから「変わったね」と言われることもある。松井にもあるかもしれない。でも、基本がすばらしくいいから、維新の橋下みたいにはならないだろう。人間力こそ、政治力。ウン。 

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大銀ドームに慣れてきた

 先週の土・日は県総体、そして今日はインターハイ開会式の「大会序章」の練習。
 「大会序章」は開会式の初っ端に行われる。楊志館、安心院、野津の太鼓部の生徒48名の演奏と楊志館の生徒300名での剣道の演舞から成る。ぼくは、皇太子殿下がご着座なさる目の席に座り、虚心坦懐に進行を眺めた。そして、感じた通りを言う。ぼくは、彼らの情熱あふれる取り組みを、観客にいい形で伝わって欲しいし、300名を指導する楊志館の精製型の苦労がわかるから、彼らのやっていることを尊重するようにしている。ただ、言えないからこそ言わないけれど、どうしても捨てがたいアイデアが一つある。それは300名の男子生徒の中に一人だけ女剣士を入れること。髪が長く、剣道着も色を違うものにする。体育の大きな大会に、この遊びはそぐわないと思うが、観客への一つの仕掛けとして、やってみたいなァ。

 本番は来月28日。これから、大銀ドームに行くことが多くなる。当日は、上の方の部屋で、数人と進行を統括することになるらしい。教員生活最後の年に、こんな面白い経験ができるなんて、ラッキーだ、と、考えるようにしている。

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『タワーリング・インフェルノ』を観る

 すでに数回観ているのに、面白い。顔色一つ変えず危険に挑むマッキーンは頼もしくかっこいいし、ニューマンは渋くてかっこいい。踊りの名手アステアがいい味出しているし、ロバート・ワーグナー、ロバート・ボーン、フェイ・ダナウエイ、もう名優がいっぱい。

 でも、やはり、脚本がいい。名優を味わいながら映画を愉しむことができる。加えて、CGとかなかった時代なのに、だからこそ、リアリティある迫力映像になっている。こんな映画はもうできないだろう。仮に、日本でリメイクするとしたら、俳優がいない。

 名画だと思う。

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鬼平を演じた俳優

 現在、BSフジで7時から放送されている『鬼平犯科帳』で長谷川平蔵を演じるのは萬屋錦之介。ついこの間までは丹波哲郎だった。中村吉衛門、その前が白鷗とばかり思っていたが、丹波、錦之介もやっていたのか、と、感動する。

 錦之介は好きな俳優。小学校の時、学校の体育館で『宮本武蔵』が上映されたが、あれが出会い。ぼくが好きになったのは、『忠臣蔵』の錦之介。毎年のように量産されてきたけれど、ぼくが観たのは東映の映画だと思う。松の廊下で浅野に切りつけられてあたふたする吉良に扇子でパチンとかまして怒鳴りつける姿。キレがいい。スカッとする。でも好きなのは中村錦之介。萬屋ではない。

 吉衛門の鬼平を一番多く観てるから、それが基準になるのだろうが、時代とともに鬼平像も変わってきているように思う。吉衛門は穏やかな部下思いだが、悪と対決する時の凄味、その落差が正解かなと思う。それも、先代や錦之介、丹波がいたからなのだ。全部放送したら、また最初から放送して欲しい。観る。あと298日で退職。毎日観れる。

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ささやかな感動

 夕方、BSで『相棒 Season 9』の再放送を観る。おそらく、最近のドラマの中では脚本が寝られていると思う。放送後、犬を撫でて、草取りをする。アッという間に、伸びる伸びる。でも、雑にしか抜かない。完全にやろうとすると、きつくなってもたない。時々思い出したように目についた草を撤去する。それでいい。
 少しずつ位置を動かし、テキトーに抜いていたら、新鮮に輝く葉っぱ。枯れて、根本のところから折ったレモンの木が若芽を出し、それが20センチくらいの高さになっているのだ。以前は1メートルくらいの高さながら、一年置きに10個くらいの実をプレゼントしてくれていた。ようこそ! 今度は気も目も配って、サポートしていくからね。ウン。

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冷えたぞ!

 高校総体。予報通り雨(最近は予報というより告知に近いんじゃないか)。朝、舞鶴高校の女子バスケットの試合を観る。周囲の状況を把握していないミスが目立った。勝利したものの、多くの課題を感じた。
 そして、ちょうど時間的に女子バレーボールを観ようと大分商業へ。でも、会場は情報科学だった・・・。だから、吉野家で牛丼食って(やはり、すき家より好きだな)、日岡球場へ。その頃雨足は強くなり、ここで撮影か、と、気が重くなった。足元が濡れることを予測して短パンで行ったからよかったものの、結局はソフトボールの試合は雨で延期。
 それから、大銀ドームへ。この夏のインターハイのリハみたいなものを兼ねての大判振る舞い。天井が閉まっているから、競技は進んでいく。傘も要らない。ただ、寒い。忌々しい短パンめ。帰ろうと思いながら、写真を撮るのが今回のミッション。車に避難して、円生を聴きながら、身体を温め、リレーを観て、5時過ぎに帰路に着いた。

 帰ると、冬仕様の上下を引っ張り出した。明日は大銀ドームで、生徒会長の雄姿を撮ることから始まる。ソフトボールの試合、観たいけど、雨なんだろうな。5月は例年の14パーセントの雨量とか。田植えには必要な雨だろうけど、・・・。 

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