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藤圭子とイチロー

 テレビで初めて藤圭子を見た時、表情を余り変えない人だと思った。能面、そんなことを言われたような気がするが、彼女に対してであったのかは自信がない。
 今なお現役でベストセラーを出している五木寛之が多分一番売れていた頃で、五木が演歌を「艶歌」だか「怨歌」とか、何かそんな言葉遊びをしていた頃だと思う。そいう言葉を引き出したのは藤圭子の出現だったと思う。
 しばらく聞かなかった名前を、娘がデビューして、その母親という形で接して驚いた。娘の歌はトント聞かないけれど、歌える遺伝子みたいなことを思ったものだ。
 藤圭子が突然引退して、アメリカに行ったのは、わかるような気がする。歌手は、レコード会社からすれば商品だから、パッケージングを考える。藤は悲劇的な色合いの強い包装をされて売り出された。だから笑顔を禁じられたのかもしれないし、笑えなかったのかもしれない。

 藤圭子の冥福を祈る。

 イチローが生涯での4000本安打を記録。色々と報道されているので、繰り返さない。ぼくなりの言葉で言えば、イチローは野球と身体と精神を実に上手に科学しているように思う。たとえば、彼はうまくいったことより、失敗を心にとめるところがあるようだが、何故うまくいったかより、何故失敗したかを考えるほうがはるかに有効だろう。「できた問題なんかドーデモいい。できない問題こそチャンスなのだ」とぼくは生徒に言う。できない問題が、できるようになるために考えなさいと教えてくれているのだ。
 スポーツ界の暴力的な指導は、「私には指導力がありません」という自己表明なのだ。そんな愚かな人間の下での苦労は意味がない。できないからこそ、指導者が必要なのだ。もちろん、時には厳しい言葉が効果的なこともあろう。でも、言葉で伝えられないから暴力を使う者は、ゼロから言葉で指導する方法を学んだほうがいい。
 
 イチローには是非自分を科学して、夢の50歳までプレイして欲しい。最後は代打で数試合に一回だけでもいい。アスリートとして限界を超えていても、これだけやれるのか、と、アメリカで見せて欲しい。日本のプロ野球には戻ってほしくない。

 イチローの快挙に拍手!

 延岡学園、残念。でも、とてつもないことやったんだぜ。面白い試合を見せてれてありがとう。

 

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