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『あまちゃん』が終わった~

 今朝8時に最終回を観た。そして9時半からBSで今週の6回分をまとめて観た。
 いいドラマだった。とんでもないことは地震と津波だけで、登場する人物はそれぞれの人間サイズで、だからこそにじみ出てくる人間味が何ともいえない魅力で共感した。朝の連続ドラマということもあるかもしれないが、こういうドラマをもっと観たいと思う。
 脚本の遊び、短い「無駄口」が実に効果的だった。こういう脚本を書いたクドカンに最大級の賛辞を贈りたい。
 そして、豊富な個性の俳優達。達者な連中の中で、たぶんアキちゃんはのびのびと演技ができたんではなかろうか。この脚本なら、撮り直しもむしろ空気が和んだのではないか。スタッフも含めて撮影現場の空気がよかったような気がする。それは、スポーツであろうと合唱や書道であろうと、何であろうと、何かをするチームに必要なことだと思う。

 笑って、泣いた。そして元気をもらった。最終回、潮風のメモリーズの二人がトンネルを走り抜けるシーンで終わる。向こうに光が見える。多分、あの二人だけでなく、観ているみんなにもつながる明るい未来なのだ。と、書くと、お前は「甘ちゃん」だと言われるかも。

 この作品は是非とも続編はつくらないでほしい。続編はウソになってしまう。『半沢直樹』は場所を変えればいくつでもつくれるが、『あまちゃん』は不可能。時間と場所を変えて、全く違うドラマをつくってほしい。

 関係者の皆様、面白かったです。ありがとう。

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『あまちゃん』の面白さ

 かなり遅れてきて、できるだけ観るようになった。

 『あまちゃん』の面白さは突き抜ける明るさだと思う。脚本が遊んでいる。そして、人間が、当たり前の人間がいるから生まれるホロリが着地させる。

 『半沢直樹』より、『あまちゃん』をテレビドラマの基準にしてほしいと思う。舞台人が多いドラマは空気がいい。生まれる間合いとかは、舞台人だから。

 オドロオドロシイ犯罪内容のドラマ(と、呼べるだろうか?)があった。もちろん、チャンネルを変えればいいだけのこと。しかし、テレには誰もが観る。子どもから老人までが観る。その辺を考えないと。

 『あまちゃん』は時代を吸収しながら、明日につながる。こんなドラマは今までなかった。

 

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『神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~』を読む

 ぼくはかなり遅れてきた手塚治虫ファンだ。『ブラック・ジャック』を読んで、ついにはハードカバー全巻そろえ、それは今でも書棚にきちんと並べている。そして他の作品も買い求めた。

 誰かの文章で手塚治虫の速読を知った。本屋で立ち読みをしている手塚をみかけた。しばらくしてると本を閉じたところで声をかけかたら、「今ちょうど読み終えた」と分厚い本を見せたというもの。彼の莫大な作品群は莫大な情報量の摂取に支えれている。

 『ブラック・ジャック』は人間への深い愛情が根底にある。そして同時に質の高い作品になっている。

 いいドラマになっている。SMAPの草薙が手塚治虫ってこんなんだったろうと思わせる演技。大島優子も結構いい。佐藤浩一が画面を引き締める。『なんでも鑑定団』を我慢してオツリがきた。ウン。

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『半沢直樹』のラストはいやらしい

 出向を命じて、そこがどんなところかわからないし、続編を暗示するだけの終わり。観ている側のことをTBSはどう考えているんだろうか。展開自体がご都合主義。危機感を盛り上げて、ポイと解決する。

 伝説にした方がいい。続編はやめた方がいい。

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中秋の名月を見る

 ウッドデッキに座り、団子を食べながら、家族で月を見た。
 何ということはないが、こういう何ということもないことがいいのかもしれない。

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「いらっしゃい!」くらい言えないか!

 床屋に行こうと思った。前切ったのは春先だった。スポーツ刈りにして、長くなったら切る。節約生活。どうも髪が伸びるスピードが落ちたような気がする。老いのせいか。で、ふと思い出した。苦髪楽爪、と、母はポツリとこぼすことがあった。苦しい生活をすると髪が伸び、楽をすると爪が伸びるということらしい。髪が伸びなくなったが、爪はよく伸びる。ということは老いのせいではなく、楽な生活をしているから、か?

 佐伯の床屋マップをつくろうと思ってたこともあるので、今日は初の安さを謳う店に行った。客は一人。髪を切ってるおじさんが「@&%#*」。何を言ったのかわからない。それを察した彼は「券を買って」。この野郎。「いらっしゃいませ」も言わずに、「券を買って」に「下さい」もつけないのか、ぼくはその店を出た。
 仕方ないから、通常の床屋に行こうとしたら、月曜日でどこも休み。で、市内をくるくる回って、日本で一番安い店に入った。右側が女性用、左側が男性用。さっきの無愛想な店とは逆。「いらっしゃいませ」の声も聞こえる。自販機で「券」を買う。15番。待つ男性は3人。どうせ休みだ。待つ。ところが10時に入って、出たのは10時半。待ち時間の方が長かったのにだ。理容師もバレンティンが打ちましたねとかの無駄なことは一言も言わず、早く仕上げることに専念。なかなかいい。ひげ剃り、シャンプーなしで950円。ぼくはこれでいい。

 

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介護が問題

 祖母、母親と介護施設でお世話になってきた。
 祖母は10年前逝去。現在、母親が介護1。昨年までは、介護2だったのが支援になった。現在83歳。歳をとるにつれて何がよくなっているというのか。ぼくは市の、その関係の職員と話した。結局、再認定で介護1になった。母は支援で入所した。しかし、経営者が代わり、支援では退所しないといけなくなった。そして、また認定の時期になる。ケアマネージャーは、支援になるかもしれないと言う。ケアマネージャーが介護だと考えても、支援という認定結果になるという。ここがおかしい。明確な基準がないということだ。ということは、認定側の判断で決まるということだ。

 まず、お役所に申し上げたい。あなた方もいずれは介護を受けることになる。自分がそうなった時に、これだったら誰もが納得する制度に取り組むべきだ。それは保育園とかでも、自分の孫がと想定して考えるべきだ。政治は、これだけのお金で、と、その事情で政治をする。でも、それは、政治じゃない。金を振り分けるだけの分配作業で、バカな仕事。賢かった官僚は、そういう流れの中でバカになっていき、流れ作業に入っていく。

 自分が介護を受けるようになったら。ぼくも考えなくてはいけない。
 さて、母の介護認定がまた来る。今度はその現場に立ち会うことにした。その経緯については後日。

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『悪太郎』を観る

 今東光の自伝小説を映画化したもの。

 今東光は、昔テレビに出ていたのを見た記憶がある。歯に衣着せない物言いに、純朴な少年は変だと思いながらも畏敬に似たものを感じたような。ネットで調べると、説明が長いので青い文字色の名前だけでスキップ読みしたが、驚嘆の交友だ。ものすごい人達の名前がゴロゴロ出てくる。

 監督は鈴木清順。出演は山内賢と和泉雅子。吉永小百合・浜田光夫に続く日活の青春コンビ。山内がいい。どこか唐沢寿明に似てるような風貌。和泉は
 風紀部が後輩の生活態度を制裁指導する風潮があったのかどうかは知らないが、その風紀部との対決にこれが今東光かと思わせる痛快さがある。青春を描いた映画ではベストではないかと思う。ラストシーンは、その後の今東光を暗示する。

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肩を叩くな!

 教頭が近づいて肩をポンと叩いた。WEB上での「ストレス診断システム」を全員に受けさせようというという県の意向を受けて、職場全員のための「メンドー」に係教員ではなく、彼が来たわけだ。昨年は「命令ですか」と言ったら、何も言わなかった。今年は「そんな健康に悪いことはしません」と突っぱねた。職場100パーセントは達成できない。それで問題は全くない。

 県は作った限りは使いなさいと思っているのだろうか。職場の労働者のことを考えれば、そういうシステムをつくるのは悪いことではない。でも、つくったかぎりは使いなさいという態度には腹が立つ。こういうのを用意してます、もし時間があれば使ってください、そんなもんではないのか。それを「使え」って、バカ、オレがするか。ストレスがあれば、直接上司に言う。

 公務員の愚かで浅はかな発想。自分のことしか考えていない。回りは見えていない。こういうのを世間ではバカと言うのじゃないか。

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『リーサル・ウエポン』を観る

 先日国語の教員と本について話していて、以前読んだ本を読みなおすのもいいと思うと持ちかけたら、そういう本があります、と言う。彼の読み直す本が何か興味があったが、訊かなかった。知ったところで、読もうとは思わないだろう。そういう本は、人それぞれの生きていく流れの中で生まれてくるものだろうから。

 もう一度観てみるか、と、ふと思って『リーサル・ウエポン』に手を伸ばした。続編が幾つかあるけど、最初の作品。『ダイ・ハード』のようなバカっぽいのかと思っていたら、結構重い部分があり、最初観たときほどの面白さを感じなかった。幾つかの続編を観る気はしない。たぶん、続編の方がよりマンガっぽくなっていたような気がするけれど。

 ものすごい数の映画と本がある。初心者の頃は、地図のない旅なので、映画評論家や文芸評論家の「案内」で訪ね歩いた。しかし、評論家は仕事で観て、読むから、生活の一部で観て、読むぼくらとは違う。生活のモロモロの微妙な、時には大きな影響があって、違う時に観たり、読んだりする時とは受け取り方が違うこともあるだろう。

 ある期間、福永武彦を読み続けていたことがある。全集を買ったほど傾倒していた。中でも『草の花』を世界で一番きれいな小説と思い、卒業する生徒にその文庫本を贈ったりしていた。昨年、もう一度読もうと思い、全集を探しだし読み始めたが、一年以上経つのに入口付近をウロウロしている。

 誰も住んでいない実家の2つの部屋に本がある。読んでいない本もある。いつかは読み、読み直すだろうと思っているからおいているけれど、どうにか身体と精神が動いているうちに処分しないと、処分の面倒を残すことになる。そんなことを考える歳頃になった。

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勝敗のこだわり方

 昔、書いたかもしれないが、高校演劇の大会の審査員が「高校生の舞台に優劣をつけたくない」という審査員がいた。それはわかる。でも、トップがあるから、そのトップを目指して奮闘努力を重ねることもあるから、いい効果もあるだろう。

 ただ、演劇の場合は審査員の好みというか感じ方というか、正体不明の部分での結果があると思う。それrは仕方ない部分もあることは、高校生も顧問も承知しているとは思う。もっとも、時には度外れな傲慢な言動に、さすがの物静かな高校生も声を上げることがある。高校演劇の審査員は、評価だけでなく育てる視点が必要だろ思うが、つぶしてしまっていることに気が付かない。その鈍感に何が評価できるのか。

 スポーツにはそれがない。オウンゴールでも、点になる。

 高校生の野球が決勝でアメリカに負けた。松井君を換えてあげたほうがいいと思う場面は何度かあった。でも日本の監督は、あちこちへの気遣いもあったのかもしれないし、松井君ならまだ大丈夫と思っていたのかもしれない。高校野球ならではの「思いやり」かもしれない。でも、勝つことで選手が得るものは大きい。決勝なのだから、早い見極めと仕掛けをしてほしかった。でも、十分楽しむことができたし、学びました。ありがとう。お疲れ様でした、監督と選手諸君。

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面接指導は演出なのだ

 9月に入って、就職する生徒の面接練習が始まった。
 教員になった年、「面接指導をお願いします」と言われ、できないと言ったものの、断りきれるずに、困り果てた。で、どうしたかというと、面接官と面接を受ける人の芝居であり、「よし君を採用しよう」と面接官に思わせるようにすればいいんだという方針でいくことにした。

 そう考えると、何を言うかより、どう言うかが大切になってくる。入ってきて、出るまでの動きも、可能な限り無駄な動きがないほうがいいと思う。無駄な動きは面接官に無駄なことを考えさせるかもしれないから。

 生徒は自分だけのことしか考えていない。しかし、面接官からすれば何人かの中の一人でしかない。これを忘れてはいけない。だから、去年も書いたと思うが、誰かの真似をする。ウンザリしたのが「長所は物事に集中すること。短所は集中するあまり周囲のことに気がつかない」というのが連続した。でも、それだけ集中するなら、面接官の手元にある成績表はオール5だろうと思うけど、どう? 今年はそういうのは今のところない。

 最近コミュニケーション能力が求められているということで、それを口にする生徒が多い。しかし、口に出していい言葉と口に出してはいけない言葉があると思う。「コミュニケーション能力があります」は言ってはいけない言葉だろう。相手に「コミュニケーション能力はあるナ」と思わせることだろう。

 そういったことも含めて「演劇的面接論」というタイトルで休み明けの授業で話した。面接も演劇も、自己表現だと思う。

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日本の高校野球の素晴らしさ

 キューバ戦を観た。8回コールド勝ち。安楽の6連続三振奪取も素晴らしかったし、守備もよいし、打線も慣れない木製バットなのによく打った。
 優秀な選手を集めただけではこの快進撃はできないと思う。一つのチームとして作り上げているからこそだと思う。何にせよ、チーム作りこそ肝心なのだが、その辺をわかっていない「上」の人は多い。「やりなさい」の一言でできると思っているのだから。
 プロ野球のWBCは群れ。しかし、高校生の日本代表はチーム。多分高校生は素直で、ノセればノルから、素晴らしい結果を出す。明日のアメリカ戦を待たずに決勝進出。今まで優勝していないので、期待は高まる。BS朝日で急遽生中継を決めたようで、日曜の夜。『鉄腕ダッシュ』とぶっつかる。

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ジェフリー・ディーヴァー『スリーピング・ドール』を読む

 リンカーン・ライムシリーズの『ウオッチメイカー』に登場したカリフォルニアの捜査官でキネシクスの専門家キャサリン・ダンスが主人公の作品。リンカーンとアメリアがちょっとだけ登場するのが愛嬌。

 キネシクス(キネクシス、と言ってしまうのだが)とは身振りや言葉から相手の心理を読む科学。だからダンスは「ウソ発見器」と呼ばれている。そんな技術を持った女性と付き合うと、もう男は本当のことを言うしかない。しかし、その本島もどういう心理状態で言っているのかさえ見抜かれてしまうんだから、いい修行になるかもしれない。

 ダンスには申し訳ないが、なかなかノれないで、数ページ読んでは休みという具合で500ページ読むのに一週間もかかってしまった。ある部分からはスピードがついた。ディーヴァーは、やはり面白いということなのだ、結局。

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『のぼうの城』を観る

 野村萬斎はいい。彼のとぼけた味は、誰にも出せない。成宮は立ち姿がいい。『相棒』のカイト君で初めて見た時、こういう役者は少ないと思った。グッサンはここまでできるんだ、と、感心。それを支えたのは佐藤浩一ではないかと思う。

 映画の宣伝を観た時、これは観たいと思った。数年後、ようやっと観ることができた。設定が面白いのだが、作品はキレがよくないように思う。たとえば、のぼうと姫の説明が皆無に近いのに、開城後のそれぞれの人物のその後を語るのは、どうも納得がいかない。最後にキャストの名前が出てからスタッフやらの名前が延々と続く。制作側の気持ちはよくわかる。その丁寧さを映画自体にもっと出せたのではないかと思う。

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『半沢直樹』を観てみた

 公務員の給料が下がり、サプリや新聞をやめたとかいう声が届く。ニュース類は新聞よりは、ネットの方が効率がいいこともある。ぼくも新聞を読まない日もある。で、『半沢直樹』の視聴率の数字がよく取り上げられているので、一応、と、8月から観はじめた。

 勧善懲悪で括るのはどうかと思うが、銀行を舞台に群がる悪い奴らと一般市民の銀行員半沢が闘う。悪い奴は誰が見ても悪い奴とわかる。そこに土下座という古典的なものを取り入れ、思わぬ助っ人が現れたり、と、これはI『水戸黄門』『長七郎江戸日記』『暴れん坊将軍』『江戸を斬る』『鬼平犯科帳』等のあれこれを現代でやろうとしたら、こうなるんかも。まさか、「それはいかんよ、君ィ」「なんだと!」「だって、そんなことをするのは美しい日本に反するんじゃないですか」「何だと、アベみたいなことを」「その晋三です」「アッ、総理」みたいな展開はできない。水戸黄門はいないのだ、現代には。一般市民が、「倍返しにしてやる」とつぶやくと、やっちゃえやっちゃえのコールが生まれる。今日、半沢は、もう悪役以外回ってこないんではないかと思えるほど悪人ツラになったナントカ(具体的に名前を出すのを遠慮している? 思い出せないだけです)に土下座した。こりゃどうなるか観たいと思う。一話完結でないのもいいのかもしれない。

 加えて、銀行にひどい目に合っている人もいるから、半沢の上司がやられるのも痛快なのかも。

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