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面接指導は演出なのだ

 9月に入って、就職する生徒の面接練習が始まった。
 教員になった年、「面接指導をお願いします」と言われ、できないと言ったものの、断りきれるずに、困り果てた。で、どうしたかというと、面接官と面接を受ける人の芝居であり、「よし君を採用しよう」と面接官に思わせるようにすればいいんだという方針でいくことにした。

 そう考えると、何を言うかより、どう言うかが大切になってくる。入ってきて、出るまでの動きも、可能な限り無駄な動きがないほうがいいと思う。無駄な動きは面接官に無駄なことを考えさせるかもしれないから。

 生徒は自分だけのことしか考えていない。しかし、面接官からすれば何人かの中の一人でしかない。これを忘れてはいけない。だから、去年も書いたと思うが、誰かの真似をする。ウンザリしたのが「長所は物事に集中すること。短所は集中するあまり周囲のことに気がつかない」というのが連続した。でも、それだけ集中するなら、面接官の手元にある成績表はオール5だろうと思うけど、どう? 今年はそういうのは今のところない。

 最近コミュニケーション能力が求められているということで、それを口にする生徒が多い。しかし、口に出していい言葉と口に出してはいけない言葉があると思う。「コミュニケーション能力があります」は言ってはいけない言葉だろう。相手に「コミュニケーション能力はあるナ」と思わせることだろう。

 そういったことも含めて「演劇的面接論」というタイトルで休み明けの授業で話した。面接も演劇も、自己表現だと思う。

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