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演劇右往左往~1974年 後篇~

 下宿が焼けて、身の回りのものを持って、沈む夕日を見ながら、はて今日は誰のところに泊めてもらおうかと考える。家があるのは幸せなんだと痛感した。しばらくして、大学の裏手のアパートに住むことになった。

 Оさんのところに石井喧一さんがいた。別役実の『椅子と伝説』の公演で舞台スタッフとして加わっていたとかで、どういう経緯でОさんのところに泊まるようになったのかはわからないが10日前後はいたんではないか。ぼく達は数人で彼を囲み毎夜毎夜誰かの部屋に集まって、脚本を書いた。酒を飲みながら、石井さんは色々と話してくれた。今は覚えていないが、とても面白く、ぼくの芝居つくりに溶け込んでいると思う。石井さんは、今でもテレビで見かける。ギョロ目で、ちょっとそそっかしくて間抜けな演技が上手い。
 題材は小野田寛郎さん。戦争が終わったことを知らずにジャングルで生き続け、発見された人。次はこういうシーンにしよう、とか話し合い、それぞれが書いて、発表し、いいものを取って、構成していくという手法だった。これまた詳しいことは覚えていない。それを『いつか見た夕陽』というタイトルで上演した。
 一ツ橋大学演劇部に熊本出身者がいて、その関係で、2本立て上演した記憶があるが、その熊本出身者が女形で演じた以外覚えていない。情けない。
 ぼく達だけの単独公演の時、ぼくが独白しているシーンで、下駄を鳴らして一人の男が入ってきた。ぼくは舞台上からその男を怒鳴りつけた。芝居が終わった時、Оさんが、「あいつは空手部の奴で、もしかしたら舞台に上がってくるかもしれないので、オレ達、モップやら箒を持って、待機してたんだ」と言った途端、もし上がってきてたらどうなったかを思って、震えた。

 ぼくは演劇部の部長になっていた。

 

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