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演劇右往左往~1975年 和田先生~

 和田先生のことをまとめて書いておきたい。『夏の夜の夢』のチケット押し売り以来、ぼくは彼が好きになった。女子(この言い方は何故かテレる)の多い英文科で、女子は和田先生をあまり好きではなかったようだ。和田先生も女子が好きではなかったと思う。何故なら、女子はシェイクスピアにはいかない。生き方に文学もない。その辺があったのかもしれない。
 それから時々先生の家に行った。一人では行き辛いので、同級を誘い、先輩のMさんを誘った。Mさんは修士を出たが、論文が書けないとかナントカで、ぼくは彼より先に修了した。Mさんはいつも快く受けてくれた。和田先生がMさんに説教している間にぼくらは酒の燗をしていた。

 もう絶版かもしれないけれど、筑摩書房の「シェイクスピア全集」に和田先生の訳が2作品入っている。スペンサーの『妖精の女王』は共訳だけれど、分厚い分、高かった。

 『妖精の女王』は12行(だったか?)の詩篇が延々と続く。その講義を受けていたが、「受けた」ものを全く思い出せない。後期試験一発の試験の時に、ぼくはヤマをかけた。作品の性質と和田先生の性格から考えて、この10篇、と絞った。英文の上級生のところに同級生の5人のうち3人が集まり、パチンコに行って打ち上げ、その金で食料と酒を買い、先輩の部屋で試験勉強する。ヤマは的中。
 4年でも継続の講義を受けた。今度は5篇に絞ると広言した。で、全滅。ぼくは呼びだされ、「お前、卒業できんぞ」と言われた。「大学院に行って、勉強します」と応えた。正月明けに先生に挨拶に行った折、「お前の卒論を読んだ。院生のより面白かった。大学院に行かんか」と言われた。先生の家を出て、近くの公衆電話で就職先に電話して断った。
 

 20年ほど前に先生は亡くなった。連絡を受けて、葬儀会場に駆け付けた。早く着いた。ぼくは後方の席に座り、遺影をずっと見ていた。今まで沢山の元気をもらった恩師。先生と呼べるただ一人の人だった。職員室のぼくの席には先生の本がある。先生、どうですか、と問うと、「下らねえな」という声が聞こえてくる。

 和田先生が亡くなって、墓前にいつか作品を手向けたいと思っている。次の脚本がそうなると思う。

 

 

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