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演劇右往左往~1977年 名前をめぐる紛争~

 教育学部に本多という女子学生がいた。彼女は市民舞台に所属していた。漢書の舞台を観た経験があるかどうか、覚えていない。これもいつだったか覚えていないが、稽古場に行き、代表からアドバイスを求められた記憶がある。そこでアドバイスしてしまう人間の愚かさよ。この愚かさは以前も以後も日常茶飯なのだ。
 ぼくは、大学構内で彼女に「一緒に舞台をつくろう。そのために劇団をつくる」と伝え、その時は了承したのだ、彼女は。
 ぼくは熊本の各大学の合同公演を考えていたので、それに彼女をどうしても加えたかった。商科大学から安田、中村、工大からは徳永が加わった。本多が参加を辞退にしたのは半分の意味が失われた気がしたが、もう動き出していた。

 演目はシェイクスピアの『十二夜』。歌を入れ、ミュージカル風(?)に書き変え、また、当時のロック研に生演奏をお願いした。「序曲」も作ってもらったろころが、『道元の冒険』と違うところ。ロックミュージカルを考えていたのだが、井野が音楽に加わった。ところが、彼はフォークなのだ。だから、目論見は外れたけれど、井野はいい曲を書いた。

 さて、寄せ集め、ごった煮の集団。名前を決めようとなり、ぼくは「シアター・ジャック」を考えていた。同級生の辺木園が「フラッパー」。辺木園は「ぼく達はまだ羽がはえたばかりの飛べない鳥だ」と言ったが、ぼくは「そんなヒヨッコ意識では舞台に立てない」と言った。当時シージャック事件があり、「シアター・ジャック」は物騒だという意見があり、多数決で「フラッパー」に決まった。ぼくは、ならば、と、参加を辞退し、会議の場を去った。

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