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演劇右往左往~1974年 前篇~

 熊本大学法文学部文学科は、2年進級時に専攻を決める。ぼくは国文か哲学を考えていた。Оさんが専攻何にするんだと訊かれ、そう答えたら、「演劇部ならシェイクスピアだろう」と言われ、英文科にした。ところが、英文科は人気があるので、試験があった。ぼくが合格したのは、女子学生ばかりにウンザリしていた主任教授ができるだけ男子学生を取りたかったからだと思う。彼とのことは75年の時に触れることになる。

 演劇部夏の公演は井上ひさしに『藪原検校』に決まった。決まった直後Оさんが「じゃあ全員坊主にせんといかんな」と。それで、男子部員は全員坊主頭にした。
 その頃、付き合っていたというのはぼくの独りよがりかもしれないので、時々部屋に行って話をしたり、自転車でサイクリングしたり、映画に行っていた教育学部の女性がいた。彼女が腰まである長い髪を、水泳の授業では邪魔になるので切りなさいと言われ、切った髪を紙袋に入れ、ぼくの部屋を訪れた。彼女は泣いていた。坊主にしてすぐぼくは彼女を訪ねた。二階の彼女に声をかけ、顔を出した彼女に「オレも切った」と帽子を脱いだ。幼い行為だ。

 『藪原検校』は歌がある。熊本商科大学の細波(さいは)さんが作曲、本番では大橋さんと二人で演奏してくれた。テーマ曲はノリがよく、今でも時々歌う好きな曲だ。

 ぼくは魚売りの七兵衛兵と塙保己一を主に演じた。強催促(こわさいそく)と濡れ場をカットして3時間の上演だった。Оさんは「じれったいくらいゆっくりと台詞を喋るんだ」とぼくに言ったのを覚えている。

 当時のチケットが残っているが、199円。200円にすると税金がとられるとかの理由だと教えられたが、後にぼくは税務署に行って確かめたが、そうではないとのことだった。

 最終日は昼と夜の2回公演。夜の部で、座頭たちが飲みながら話すシーンで、ナント、本物の酒を飲んだのだった。塙保己一がサトイモを食べるシーンがある。サトイモがなかったということでカボチャが使われていた。昼の部で、藪原検校が何を食べているんですかと訊き、ぼくは台詞通りに「サトイモ」と応えた。すると客席から「カボチャだろう!」との声があった。それで、夜の部では「カボチャ」と言おうと決めた。ところが、そのシーンになったら「カボチャ」という言葉が出てこない。しばし、沈黙。やっとカボチャが出たが、あの沈黙は長く感じた。

 ぼくには『藪原』が成功か失敗かはわからなかった。『夢幻奏』よりは圧倒的に観客の数は多かったなァと思った。そして観客が多いのは気持ちが良いと思った。

 そして夏の合宿。天草。宿舎に法学科の友人から電話。「お前の下宿が燃えよる」。だからすぐに帰った。隣の家の火が下宿にうつったらしい。ぼくの部屋は一番端っこにあったから燃えてはいなかったが、放水で濡れていた。本がそれを吸って厚くなっていた。ぼくは机の引き出しから5千円札を取ると、友人のところに行って、酒を飲んだ。
 翌日、整理に行くと、映画関係の雑誌と本が全部なくなっていた。映画から演劇の方に傾いたのだった。

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