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演劇右往左往~1976年~

 某大手商社に入社したYがどこからか、ストーブとやかんを調達してきた。彼は同じクラスで、なんやかんやでウマが合い、よく飲んでいた。『夏の夜の夢』くらいから参加し、『道元の冒険』では台詞を数ページ飛ばしたことがある。
 彼のアパートの隣の空き地に車があり、ずっと動かないままなので、持ち主を調べ、連絡すると「あげます」と言われ、もらった車を運転していた。ソツがないのだ。

 前回の執行は部長になったと思う。夏の公演の『スパイ物語』ではいい曲をつけた。

 多分、『スパイ』の前だと思うが、戸田の彼氏の川端が商科大学に入学した。で、誰かの部屋で話し合いをしている時、廊下の端っこにいる川端を発見。「うちの演劇部に入ればいいじゃん」(そんな言葉じゃないが、とにかくぼくにとっては中川の例もあったし、境はなかった。芝居する、しない? それだけ。川端は『スパイ』に出てたと思う。彼の野太い歌声を覚えているから。

 ぼくは就職のことをあれこれ考えていたし、卒論もあった。

 卒論は『ハムレット』。何故あんなに長いのかというところで書いたように思う。

 卒論は結構気合が入っていた。だから、締め切り前に仕上げ、書けていない連中の支援をした。全く進んでいないのもいれば、徹夜続きでコンタクトで目が痛くてどうしようもないのもいた。卒論が終わった連中に召集かけて、あれこれ指示して、どうにか提出までこぎつけることができた。

 ぼくは大分の会社への就職が決まっていた。年が明けて、和田先生の家に年始に行った。先生は「お前は人にありがとうございますとかできん、院生も同じ作品を扱っていたが、お前の論文の方が面白い。院に行け」と言われ、先生の家を出たすぐの公衆電話から会社に断り言葉。その後、家に電話して進学することを伝えた。親の出費を全く考えていなかった)行為。でも、許してくれた寛大さに感謝する。

 そしてぼくは試験を受け、修士課程に入ることになった。ただ、もっと芝居をしたいあという思いの方が強かったのかもしれない。

 

 

 

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