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演劇右往左往~1977年 『藪原検校』①~

 新しい年になりました。もう少しだけ活力と充実の年にしましょう。

 さて、おぼろげな記憶をたぐりながら、さりとて深追いせず、少しの「あったようなこと」を辿っている訳ですが、間違いは承知の上で、薦めます。
 いつごろからか、時々校長が授業中に校内を巡り、授業を覗くようになりました。そういうのがあると、「今、何?」と生徒から訊かれ、「老人になると廊下をウロチョロするようになる。だからローカ現象と言うんだ」と説明したものです。最近はほぼ1時間「評価」のために座ります。笑ったのは、座った途端、携帯が鳴って、慌てて飛び出した校長がいました。彼は帰ってきませんでした。

 さて、『藪原検校』。その頃は部員が増えていた。ぼくは最前線を退いていたので数はわからない(理由になるか!)。6畳くらいの広さの部室には入りきれなかったと思うが、、はて、どうしてたのか・・・。

 『藪原』をやりたいというので、ぼくに演出せえと言ってきた。多分、モロモロの事情を知っているから便利ということなのだろうと思い、了承した。
 以前上演した時には「強催促(こわさいそく)」と濡れ場をカットして3時間の上演だった。ところが、濡れ場をやると言い出した女子部員がいた。それも二人。それでカットしたのは「強催促」の部分だけ。そして、お市だけダブルキャストでやることにした。だからどうしても2回公演。

 以前書いたが先輩のОさんは「じれったくなるくらいゆっくり台詞を喋れ」と言った。でも、『夢幻奏』で、ヤクザまがいの役をやった時には、相手に何も言わせないのが目的だったからゆっくりじゃなかった。機関銃のように話したはずだ。その時は何もわからなかったが、英文の同級生の部屋のテレビで江守徹の『ハムレット』を観たが、台詞が速い。Оさんの「ゆっくり」は捨てていた。

 ぼくは演出というより意見係みたいなものだった。ある日戸田だったか、阿蘇品だったかに呼ばれた。オープニングに踊りを交えたという。そのために練習してきたという。「お江戸の秋の夕間暮れ~」の歌を歌いながら、彼らは踊った。活力に満ちた素晴らしい幕開け。こういうメンバーでつくる芝居は多分失敗しないものだ。

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