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『マエストロ!』を観る

 物語を弾ませる(こういう時にドラマティックというのだろうか)ために、突飛なことをすることがある。それが、成功かどうか。

 西田敏行が突飛。

 その突飛がきちんと着地するかというと、そうじゃない。ラストが沁みないのは、彼女を客席のどこかに置かなかったからではないか。

 作り手の良心が感じ取れる、というのは、怒られるかもしれないが、いいナと思う。

 
 

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3000歩の半主夫生活

 朝、起きて、新聞を取りに行く。洗濯機を回し、干す。ストーブ3台に灯油を入れる。時には掃除機で玄関、階段を中心にやって、掃除ペーパーで仕上げる。食事当番の日はスーパーを徘徊して、何を作るか考える。スーパーで考えるより、行く前に何を作るか考えた方がいいと思うようになり、随分楽になったし、買い物がコンパクトになった。
 風呂を洗い、洗濯物を取り込んで、郵便を取りに行き、家人が帰ってくるであろう一時間前にストーブに点火する。
 これでほぼ3000歩。これだけだと、一日の歩数は2キロに満たない。
 たぶん、運動になるためには、スーパーへの買い物に歩いていけばいいのだろう。もちろん、それで十分ではない。ただ、シンドイなと思うのを思い切ってやるしかないのだろう。それができなければ、とにかく動くことを心がけることじゃないのかナ。

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琴奨菊の父君と娘の一言

 昨日、ちょっとしたことで、娘を車で送った。車はテレビ音声になっていて、琴奨菊の優勝についてやっていた。
「あッ、琴奨菊?」
「うん」
「良かったよなァ。琴奨菊が勝った時に、お父さんが泣いたの見て、泣いた」
「同じ。泣いた」
「琴奨菊とか興味なかったけど」

客席の琴奨菊の父親が勝った瞬間泣いた、興味がなかった娘がたまたま見て、泣いた。ぼくはこの娘を自慢していいかもしれない。試験の成績とかより、そういう風に感じることができる。それは、ぼくにとって十分だった。ウン。

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「老い」を受け容れる

 祖母の入院先に見舞いに行った時、母は脳出血で倒れた。病院だったので、運が良かった。もう少し遅れていたら、彼女は原付で走っていたので、ラッキーだったと思う。祖母が亡くなり、母は介護施設に入り、父が亡くなった。

 母を訪ねると、体が思うように動かない、それが次第に募ることに腹立たしい気持ちをぼくにぶっつける。歳をとれば、そりゃあそうなうよ、と、ぼくは言う。

 ただ、「老い」を人はそんなに簡単に受け容れられないのかもしれない。

 ぼくは、固有名詞が欠落していくことに「老い」を感じ始め、それが度を増している。その他にも目や耳、運動能力の衰えがある。いいことだと思う。もうそんなに見なくてもいいし、聞かなくてもいいし、動かなくてもいいのだ。自分の都合で見て、聞いて、動けばいい。読みたい本は読む。聞きたい音楽は聞く。行きたい所には行く。でも読みたくないもの、聞きたくない話、行きたくない所は、「老い」を理由に断る。こすっからいジジイだが、それでいいと思う。

 他人(家族も含む)には、申し訳ないが、ぼくは老人の特権としてすべての負を活用するんだな。老いてすみません、そんなこと考えてはいけないんじゃないか。

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大分の「出会いの村」

 高校生卒業公演を考えたのです。体育館という芝居には劣悪な状況で頑張っている生徒に思う存分やらせてあげたい。それが基本です。
 北は安心院、南は三重から生徒が立候補しました。
 問題は稽古場。結局役者デビューすることになった糸ちゃんが部屋を借りていた安東さんの家の地下を紹介してくれ、安東さんに会いに行きました。使用許可をいただき、使用料の話になったら、「あんた達が使ってくれるなら、あの場所も歓ぶでしょう」で、使用料はなし。以来、沢山使わせてもらった。
 その縁で、阪神淡路大震災の後、大人が復興に尽力できるように子ども達を大分であずかろうという安東さんの企画に、迎えに行く仕事を与えてもらいました。
 震災の街並みを観るのは、ぼく自身にも貴重な経験になりました。そういう貴重な経験を与えてくれたのが安東さんの「出会いの村」だったのです。
 「出会いの村」が、安東さんの遺伝子を引き継いだ若い人達が新しい活動を始めています。応援して下さい。ささやかな活動ですが、世界を支える大きな活動です。

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メールより手紙かもしれない

 断捨離を少しずつ進行している。衣服類は、数年身に着けていないものは思い切ることができる。しかし、そうはいかないものもある。クローゼットの奥に見つけた紙袋の中の手紙。
 昔の手紙だから手書き。封筒や便箋、字体とかが手伝い、読んでいると、その人と周辺の空気が立ち上がってくる。メールよりいいかもしれない、と、思う。
 メールを使えるようになって、郵送の手紙は「かたつむり手紙」と呼ばれるようになった。速く着くし、金もかからない。加えて、酔っぱらっていても、読める字で書ける。でも、封筒から出して、便箋を開いて読むってのは結構いい感じ。
 と、書いて、ぼくが今まで出した手紙を、まだ手元にある人がいれば、ああ恥ずかしい。

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サンザンから立ち直る

 4月、再任用をやめて年金生活者になった。一年間はぐーたらで過ごそうかと思っていた。
 6月、教え子と楽しい酒を飲んで、ホテルに行く階段で転んだ。夜中に痛みだして、フロントに電話して救急車を呼んでもらった。救急車初経験なのに酔っぱらっていたので、貴重な経験をほとんど覚えていなかったのが悔しい。
 8月、スピード違反で捕まった。
 10月、自転車で1001キロ走った。途中から膝に違和感を覚えた。
 11月から12月にかけて、膝で整形外科医を5人訪ねた。痛みで目が覚める、眠れない日々が続いていた。この痛みを消してくれるなら切り落としてくれてもいいです、という言葉を用意していた。5番目の医者が処方してくれた痛み止めで、かなり解決できた。

 自転車は、11月は124キロ、12月は24キロ。今は足の筋肉の動きを考えて歩いている。
 弛んだ精神の立て直しが、今後の課題。それにも「科学的」に取り組んでいる。ボケたジジイからイヤなジジイになれそうだ。

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