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老後に必要なもの

 一年間、年金生活をして、痛感したことがあります。
 もっと他人と接する機会を持たないといけないということ、です。誰かと話すことがないまま、家で一日を過ごすと、発語量が極端に落ちてしまいます。これは何よりも精神によくない。精神の活動がないと、それは身体の不活性にもなり、精神、身体の両方によくないような気がします。精神と身体の健康は生きる上での両輪で、どちらが欠けてもよくない。
 そして、精神と身体を支えるだけの経済の充実。贅沢は必要ないけれど、明日の暮らしを憂うお金の問題はどうにかして解決する必要があります。
 一番いいのは働くことです。ハローワークに行っても、60過ぎの男には仕事はありません。女性にはあります。国は、その辺をよく考えた方がいい。一億総活躍とか、首相は花火をブチ上げるけれど、実際はそうなっていないのです。総活躍を「どんどん働け」と受け取るしかないけれど、首相は花火を打ち上げるだけです。
 総活躍を謳うなら、場を設定すべきです。首相は、わかっていない。美辞麗句だけで、実が何もない。

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後悔なんてしてもしても仕方ない

「何してるの?」
「後悔してる。」

 棟居刑事シリーズ『花の狩人』の中で、そういう会話があった。小学生の頃、そう問われると「息してる」という答えが流行った。でも、「後悔してる」というのは、ぼくにとっては結構衝撃的で、面白い発想だとつい書き留めてしまった。

 大小合わせれば、後悔の数など数えきれない。だから数えない。何の都合か、忘れていたことがポックリ頭をもたげたりする。それをきっかけに、周辺のあれやこれやが芋蔓式に出てくることもある。苦さも辛さもあるものの、そればかりではなく、楽しいことも笑ったこともある訳で、それを拾っていくと、後悔に圧されることはない。

「何してるの?」
「後悔を楽しんでいる。」

それが正解かもしれない。

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