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開いていること、閉じていること

 どういう状況だからと、明言はできないけれど、人間の生活を考えると、「開いている私」と「閉じている私」があるように思う。ぼくは、年金生活に入って、子どもが大学に行き、日中一人で過ごすことが多くなり、発語量が極端に減ったことに気付いた。それで、生活を科学(大袈裟?)すると、読書量や映画に接することも減っていた。こりゃあ、イカン。

 ただ、これは若い人にもあると思う。
 昔、職員室に卒業生が来た。平日だ。半年くらい前に卒業した教え子。「こんな時間にこんな場所に来るんじゃなく、彼氏とデートとかせんか!」と言うと、「今日は文化祭だから、つまんないんで」と仰せになった。19歳くらいで、もう何かをシャットアウトしている。ならば旅にでも、と思った。

 もちろん、気持ちの持ち様もある。毎日、工芸分野、たとえば青森漆器(テレビで観たので)の職人さんは、毎日無言で漆を塗る作業を繰り返している。ただ、彼の向こうには、彼の作品を求める客がいる。だから、彼は閉じていない。

 在職中は、それに専念していて閉じている部分もあっただろう。
 でも、今、年金生活者になっては、何かに専念する訳でもないから、閉じていくばかりかもしれない。考えなければいけない。

 

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