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こういう時代もあった

 彼は一言でいってみれば破天荒な人だった。型にはまったまじめさと無縁というか、教員らしさがかけらもなかった。やせてすらりとした体躯にするどい眼光。しかもくたびれたおじさんファッションではなく、サマーセーターなどをさっそうと着こなす。これは女子高生にはポイントが高い。当然そのあかぬけた雰囲気にファンはみるみる増殖していったが、彼の魅力はそんな容姿レベルではなかったのだ。

 授業。そう、魅力的なのは彼の授業だった。ここで授業と呼ぶのは正しくない。なぜなら50分のうち35分はトークショーだったからだ。ワンマンの。もちろん生徒は必ずチャチャを入れ延長のための努力をするわけだが、彼の場合それをむしろ心待ちにしているところがあった。

 ある女性雑誌を持ってきて「これが今、一番面白いんだ」と延々女性雑誌比較をのたまうこともあれば、大学での勉強のこと、校長が酒の席で豆を配った話、学年主任は実はアニメオタクという話、ゆで卵をもらった女性の話、映画の話、今書いているクラス通信の話等々。暴露、ユーモア、毒舌、笑い、暴走と枚挙にいとまがなかった。それは「人生の楽しさ」「人生の広さ」を熱く語る珠玉の時間だったのだ。こんな調子なので考査前はあわてる。大急ぎで教科書10ページ以上を流すのはざらだった。3分間に1ページもさらさらと進むのだ。でも私たちは「日頃の面白さを考えればこそ」と耐えしのんでいた。

 ある日、彼は一冊の本をおもむろに取り出し、ろうろうと朗読を始めた。ニューオリンズで、しわくちゃな老いぼれた婆さんがピアノの前に座る。いったん座るとまるで人が変わったかのように素晴らしいピアニストになる。骨張った指から奏でられるジャズの旋律に客は歓喜し狂喜する。そんな内容の文章を低くはりのある声で読み上げ、「どうだ。いいだろう。いい描写だろう。君らにわかるかナ、まだわかんねぇだろうナ。」と言った。

 大分というちっぽけな街で日常の反復をしている女子高生にとって、それはあまりに異質で、あまりに遠く、あまりに衝撃的だった。確かにきちんとわかったわけではない。が、遠くて広い世界を、高校生だからといって手加減せずに教えてくれたことに感謝した。それから私の読書熱と文章熱は様々な方向を向き始め、更に加速していくことになるのだから。

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