老後に必要なもの

 一年間、年金生活をして、痛感したことがあります。
 もっと他人と接する機会を持たないといけないということ、です。誰かと話すことがないまま、家で一日を過ごすと、発語量が極端に落ちてしまいます。これは何よりも精神によくない。精神の活動がないと、それは身体の不活性にもなり、精神、身体の両方によくないような気がします。精神と身体の健康は生きる上での両輪で、どちらが欠けてもよくない。
 そして、精神と身体を支えるだけの経済の充実。贅沢は必要ないけれど、明日の暮らしを憂うお金の問題はどうにかして解決する必要があります。
 一番いいのは働くことです。ハローワークに行っても、60過ぎの男には仕事はありません。女性にはあります。国は、その辺をよく考えた方がいい。一億総活躍とか、首相は花火をブチ上げるけれど、実際はそうなっていないのです。総活躍を「どんどん働け」と受け取るしかないけれど、首相は花火を打ち上げるだけです。
 総活躍を謳うなら、場を設定すべきです。首相は、わかっていない。美辞麗句だけで、実が何もない。

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人生に定年はない

 定年退職して一年間、ぼうふらみたいな生活をしてきた。つまり老後に入った訳で、ウダウダもしばらくは楽しかった。でも、どうも、これじゃないナと思い始めた。

 老後は精神、健康、経済が問題だ。もちろん、若い人もそうだけれど、若い人に当たり前のことが、老人には当たり前でなくなる。その3つが同時に襲ってくるのだナ。

 死ぬ時が定年。そう考えるようになった。慌てて、勉強を始め、誰かと話す機会を多くするようにし、身体を動かし、金の使い方を考えるようになった。ああ、10年早ければ。後悔、後に立つ。


 
 

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骨折記

 ホテルに上がる階段で転んで、チェックインしたものの、ベッドで痛みがひどくなって、フロントに電話して救急車を呼んでもらった。
 それからの断片はおぼえているが、救急車へ運ばれ、その中でのあれこれ、病院でのあれこれ、、もっと意識がはっきりしていれば貴重な体験として記憶できていたのに、と、それが、悔しい。

 肋骨4本、5ヶ所の骨折と肺挫傷。

 10日で退院したものの、深呼吸ができない。深く吸い込むと痛む。だから、くしゃみ、あくびができない。寝返りもできない。

 だから、ほとんど、寝ていた。できるだけ運動はしようとしたものの、ドクターからの生活での指示がなかったので、自分で考えるしかなかった。
 それから身体のあちこちに支障が出てきて、安部の強行採決やらもあって、かなり厭世的になった。こりゃイカンと、生き方を見直して、無理しないで少しずつ改め、どうにか「ジジイの鬱」から脱することができたような気がします。ボルヘスが読めるようになったのです。

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介護が問題

 祖母、母親と介護施設でお世話になってきた。
 祖母は10年前逝去。現在、母親が介護1。昨年までは、介護2だったのが支援になった。現在83歳。歳をとるにつれて何がよくなっているというのか。ぼくは市の、その関係の職員と話した。結局、再認定で介護1になった。母は支援で入所した。しかし、経営者が代わり、支援では退所しないといけなくなった。そして、また認定の時期になる。ケアマネージャーは、支援になるかもしれないと言う。ケアマネージャーが介護だと考えても、支援という認定結果になるという。ここがおかしい。明確な基準がないということだ。ということは、認定側の判断で決まるということだ。

 まず、お役所に申し上げたい。あなた方もいずれは介護を受けることになる。自分がそうなった時に、これだったら誰もが納得する制度に取り組むべきだ。それは保育園とかでも、自分の孫がと想定して考えるべきだ。政治は、これだけのお金で、と、その事情で政治をする。でも、それは、政治じゃない。金を振り分けるだけの分配作業で、バカな仕事。賢かった官僚は、そういう流れの中でバカになっていき、流れ作業に入っていく。

 自分が介護を受けるようになったら。ぼくも考えなくてはいけない。
 さて、母の介護認定がまた来る。今度はその現場に立ち会うことにした。その経緯については後日。

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