森繁久弥の思い出
おそらく2時間ドラマの走りだと思うが、『七人の軍隊』の主演が森繁さんだった。ぼくは仕事を始めてまだ一年になっていなかった。演出は『寅さん』をテレビで始めてつくった超ベテランの人だった。彼が、本番を撮って、「もう一回やりたい」とインカムで下に伝えた時、森繁さんがモニターを通してにらんだ。その一睨みで、「OK」にしたのだった。
葉山でのロケ。短い距離の移動でも、森繁さんは運転手つきのベンツに乗った。共演者の一人藤岡琢也さんはワーゲンを自分で運転していたぼくは、そのドラマに出演した。七人の老人が戦うヤクザ役は東映から雇っていたが、足りないということで、急遽スタッフが駆り出されたのだ。その頃は黒くて長い髪をメイクさんがオールバックにして、サングラス。トラックの荷台に乗り、飛び降りる。その時、東映の強面の人の頭に肘が当たった。ぼくの肘も痛かったから、あの人も痛かっただろう。悪いことをしたというより、怖くてしきりに謝ったけれど、ニコニコしていたけれど。
夏に放送ということで、撮影は冬なのに夏の服装。寒かった。寒くて仕方なかった。そして、トビー門口さんって名前だったか、彼がライフルを撃った時の指導をしてくれた。引き金を引くと、彼が銃口をグッと持ち上げる。それくらいの衝撃があるということだ。そしてぼくは窓から、襲ってくる老人たちを撃つというワンショット。オンエア時は、瞬きすれば見逃す程度だった。
森繁さんは以前文化勲章だったかを受章したことがある。大衆芸能の分野での活躍が認められてのことだったと記憶する。ただ、大衆芸能を遥かに超えた存在だと思う。天才だと思う。ご冥福を祈ります。
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