小説の中の魅力的な女性

 ジェフリー・ディヴァーの『ゴースト・スナイパー』を読んだ。久しぶりのリンカーン・ライム。
 このシリーズの魅力は、緻密と意外性の積み重ね。最初に読んだのは図書館で何気なく手にした『魔術師』だった。前半で破人が捕まるのに、どうなるんだ。でも意外な展開。馴染みの書店に電話して、シリーズを全部持ってきてと電話した。だから、リンカーン・ライムシリーズは全部読んでいる。関係あるキャサリン・ダンスシリーズも。
 リンカーン・ライムも魅力だけれど、アメリア・サックスはもっと魅力的。このシリーズに触れる前、たまたま断片をテレビで『ボーン・コレクター』観た。でも、シリーズを読むと、あの女優はアメリアではないと思った。
 じゃあ、誰がいいんだ!
 具体的に女優の名前をあげることはできない。それこそ、小説の楽しみではないだろうか。

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山崎亮『ふるさとを元気にする仕事』を読む

 若い時にこの本に出会っていたら、と、読後に思うことがある。もっとも、その「若い時」が何歳頃なのかは判然としないけれど、高校生の頃かな。進路を考える上で、かなり参考になっただろうと思う。この山崎の一冊も、高校生に読んで欲しいと思う。

 ぼくがこの本を買ったのは、子どもが地域のあれこれを学ぶ大学に進学したいと漏らしたので、馴染みの本屋に行き、数冊の目録から選んで注文した一冊。結局、子どもは別の進路を選び、返された10冊をぼくが読むことになった次第。

 地区の役員をするようになり、高齢化が進んでいる地区に役立つにはどうすればいいかを考えるようになっていた時なので、タイムリーだった。

 読み進んでいると、人口減少を山崎が問題にしていない一節に出会い、驚きと同時に啓示を受けた。そして、彼の仕事である「コミュニティ・デザイン」を知るにつれ、面白く読むことができた。会ってみたい人リストに加えなくては。

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池井戸潤『陸王』を読む

 『下町ロケット』『ルーズベルト・ゲーム』のドラマを、楽しんだ。原作を読んだことはなかった。
 今回、ある雑誌のランキング上位になっていたので、注文して読んだ。
 ドラマと同じ展開。
 パターンは同じ。
 でも、これでいいと思う。『水戸黄門』はマンネリと言われた。しかし、それに「偉大な」という冠をつけるべきだと思う。弥七が天井裏から様子を覗、由美かおるが入浴し、「もう少し様子を見ましょうと黄門様が言う時間はいつも同じ。同じだけれど、面白かった。

 老舗の足袋屋がランニングシューズを作り、世界展開の大企業と闘い、復活を目指すランナーを絡めての物語。楽しませてもらった。先が読めるものの、それをどうつないでいくのか。ワンパターンだからこその楽しみ方。池井戸さんが、次にどの業界に「ワンパターン」を移すか、楽しみだ。

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書店は地元の小さな書店がいい

 大きい書店は探す楽しみがある。
 大学時代、紀伊国屋をウロチョロして数冊買い、たとえばピザを食べながらビールを飲む快感を覚えた。
 田舎に帰り、高校時代辞書や参考書を買っていた書店に、注文するようになった。家まで届けてくれるから、実にありがたい。
 ぼくはある本を読むと、巻末の参考文献に目を通し、「これは」と思える本を注文する。そういうのが重なると、「○○の新作が出ましたが、注文しましょうか?」と電話がかかってくる。

 ぼくは読書家ではない。だから、ガソリンを消費して配達してくれるのは申し訳ない。でも、ささやかながら地元の書店を大切にしたいと思う。

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井上ひさし・こまつ座『ああ幕があがる』を読む

 『花よりタンゴ』の時の上演までの記録めいたもので、昔買った時にはよく読んでいなかったのかもしれない。結構、楽しく読めた(読み直した)。

 『花よりタンゴ』は読んでいる。ただ、それほど面白くなかった。

 開口健は「作家は処女作を超えることはできない」と書いた。たぶん、処女作には言葉にならないものが詰まっているからかも。ひさしは、歳を重ねるほどに巧妙になっていくけれど、でも、初期の作品の方が勢いがあって断然面白い。

 『ああ幕があがる』は、でも、面白い。ひさしの苦悩と苦闘も、ひさしを尊敬し支えるスタッフの情熱もわかる。

 たぶん、「こまつ座」全員のこの情熱がいい舞台をつくる。舞台は情熱の集結、その度合いによる、のかもしれない。

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井上ひさし・つかこうへい『国ゆたかにして義を忘れ』を読む

 時々、つかこうへいの言葉に触れたくなる。つかは、残念ながら、新しい言葉を発信できなくなって久しい。だから、書棚から引っ張り出した。

 ひさしとの対談。つかは、テレ隠しがあるような言葉使いながら、本当のことしか言っていないような気がする。もしかすると、つかは、だからこそ時代との折り合いがつかず、少し引いていたのかもしれないと思う。もちろん、つかが引き受ける筈がないけれど、テレビのコメンテーター(好きになれない言葉)になっていれば、今のアレコレに発する言葉は痛快だろうと思う。つかは、結局、劇作家、小説家としてより、つかこうへいを生きた。そう思う。

 以前読んだ本を読み返す。これは結構効果的なように思う。何故これを面白いと思ったのだろう、こんなに面白かったのか、過去との自分に出会いながら新しい地平が見えてくる(大袈裟な!)こともある。再読を薦める。

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鄭義信『パーマ屋スミレ』を読む

 東京オリンピック後の九州の炭鉱が舞台。そこで働く在日の人たちとその家族の過酷な生活が描かれている。懸命に生きていながら、厳しすぎる生活から抜け出ることができない人たち。劇作家は、冷徹に見つめ、甘さを排して描いている。

 劇作家は、鳥ではなく、虫の目かもしれない。一人一人に寄り添い、呼吸を聞き取れる場所で見て、人を描く。この劇作家の強靭な精神に触れ、沢山の課題を与えられたように思う。ただ、『焼肉ドラゴン』の方が面白かった。

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真保裕一『ダブル・フォールト』を読む

 小説を読んでそれが映画化されたものを観ると、小説の方が断然面白いと思うことが多い。たぶん、読んでいる時に頭の中で描いたものとのズレがあるからかもしれない。真保と出会った『ホワイト・アウト』は面白かった。読み始めると、どっぷりはまって、読み続けるしかなかった。織田祐二(漢字がよくわからない)主演の映画もそれなりに面白かったが、読んだ時の興奮はなかった。もちろんストーリーを知っているからでもあるだろうが。しかし、読書はいつの間にか配役していて、演出とカメラマンまでをやっているようなところがあり、読書の楽しみはそこにあると思う。

 真保作品5作目。新米弁護士の物語。始まりからページをめくらせるが、終わりの頃、先が見え始めると、まさか、と、思いながらその「まさか」だった。終わり方に不満を覚えた。呆気なさすぎる。「そうきたか」、この手の作品はそう思わせて欲しいのだ。それと、ヒロインの役者が決まらずしまいだった。『ホワイト・アウト』を凌ぐ真保作品を読みたい。

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マイケル・フレイン『コペンハーゲン』を読む

 どうやら原爆製造に関係している物理学者とその一人の妻との会話、それくらいはわかる。しかし、専門用語が散りばめられ、そこで「わからん」という思いが、作品がわからないという思いを強めていった。また、ト書きが一切ない。会話を通して、位置関係や動きを考えながら読むのもしんどかった。
 135ページ。長編というほどではないが、わからないという思いが超長編に感じさせた。訳者の小田島恒志は、「一読した途端、魅力的だ」と後書きに書いている。わからないなりに最後まで読ませる力はあったものの、ぼくにはその魅力がわからない。
 驚いたのは、作者あとがき(西洋の本はたいてい本編の前に書くが、本当にあとがきだったのだろうか)、が、57ページもあること。読みかけて、数ページでぼくは本を閉じた。

 2000年にトニー賞で作品などいくつかの部門で受賞したから、おそらく傑作なのだろう。イーダ殺すに刃物は要らぬ、『コペンハーゲン』の作品論を書けでよい。

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『長田弘詩集』を読む

 昨年、6月14日、肋骨を3本4か所折り、入院した。10日間入院した。まだ体の動かし方によっては、痛むので、もうちょっと入院したかった。
 大分駅の「アミュ・プラザ」をうろつき、紀伊国屋で本を数冊買った。その一冊が長田弘詩集だった。トイレに置き、座るたびに、数冊の中から一冊を読んだ。そして、ようやっと読み終えたという次第。
 詩集で面白いと思ったのは初めて。今まで読んだのは難しくて、とっつきにくく、最後まで読み終えていなかった。でも、長田弘は面白い。わかりやすい。こういう視点があるのか、こういう言い回しがあるのか、と、啓かれる部分も多かった。暮らしに詩集を!

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