清水かつぞー『英単語ピーナツほどおいしいものはないー銅メダルコースー』を読む

 何度も英単語を覚えようとした。高校時代から、今まで、何度も何度も。全部ことごとく挫折した。ところが、この『ピーナツ』は楽しみながら、最後まで行けた。単語だけで覚えようとするより、他の単語とのつながりで覚える仕掛けのせいだと思う。

 最近の英語教材は、素晴らしい。全てにCDがついていて、耳から学べるようになっている。ぼくが高校生の頃にそういうのがあれば、と、思う。

 ぼくは高校生の頃のつもりで今英語を勉強しなおしている。知らなかったことに触れて、恥ずかしさより歓びの方が大きい。ノンベンダラリの高校生よりは、はるかに青春だァ~、と、思う。

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向田邦子『阿修羅のごとく』を読む

 女だから、ここまで女を書けるのかもしれない。魔性と呼ばれることのある女のある部分が見事に描かれている。そのくせ、お化け屋敷のような形ではなく、ちょっとした視線や仕草でなのだ。巻末の新藤兼人と東大教授の松原治朗との鼎談も読みごたえがある。

 打ち負かされた、完全に。

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柴門ふみ『恋愛物語』を読む

 コメントを寄せる人たちのささやかなつながりを書いておいた方がいいか、ナ、と思い書いたところ。反応があって嬉しかったです。ありがとう。

 あの頃はシャープの書院を使って書いていました。あの頃はワープロ機能の向上がすさまじく、ほぼ毎年買い替えていました。大学時代にこういうのがあれば、論文を書く際のもどかしさやいら立ちを軽減できたのに、と、何度思ったことか。

 舞鶴の連中に脚本を提示する時は怖かった。はて、どういう反応か。「ここは笑って欲しい」ところで笑わない。ぼくは平静を装い、悔しい思いで何度も書き変えたものでした。結局は彼らに教えられたわけで、それは莫大だったと思います。

 あの頃、ぼくあ本を読んでいなかった。演劇雑誌は全て定期購読していたものの、パラパラ程度。佐伯から大分に通勤していたせいもあるし、学校が進学ガンガンだったせいもあるかもしれない。もっとも、ぼくは芝居のことしか考えていなかったのだけれど。

 ぼくが本から芝居に行くことを知ったのは『るるてんてん』。沢木耕太郎の『人の砂漠』を読んで、インスパイアーされて、一気に書いたのだった。

 ぼくは今まで男と女を書いたことがない。今度は、それを書いてみようかと思っているものの、断片ばかり。紙に砂鉄が散らばった状態。そこに磁石を置けば、砂鉄が磁力で並ぶ。その磁石こそインスピレーション。

 柴門(さいもん)の小説。短編が数篇。「恋愛物語」を「ラブ・ピーシーズ」と読ませている。恋愛の断片集。マンガが正業なだけに、絵が浮かぶ文章。ただ男と女についてではなく、柴門ふみを知るだけになったのかもしれない。

 「晴れのち曇り、時々殺意」は男と女がメインテーマです。乞うご期待、とは、まだ言えない。

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宋左近『あなたにあいたくて生まれてきた詩』を読む

 詩人だけでなく、小学生の詩も扱っていて、とにかく、宋の解説が素晴らしい。途中から、解説を楽しむために、詩を読むような、本末転倒的な読み方になってしまった。

 ぼくは小学校の頃、詩が合同新聞に掲載された。学校から送られたものだと思うが、その記憶があって「詩人になりそこねた男」と自称することがある。しかし、取り上げられた84篇の詩の中で1割以上は占めている小学生の作品に触れて、詩人になることはできないように思った。詩人は生まれるのだ。人間のい分け方の一つとして、詩人に生まれる人とそうでない人、そういうものが成立するかもしれない。

 読み終えて、名前を聴いたことはあるような気がするものの、どんな人か知らなくて、インターネットで調べた。宋左近はペンネームらしく、「そうさ、こんちくしょう」がペンネームの由来らしい。「くたばってしまえ」が二葉亭四迷、それを思い出した。大変な時期もあったようだが、宋左近の言葉は温かく、詩についてやさしい言葉で教えてくれる。

 図書館で借りたものだが、これは注文して、ぼくの名著の棚に加えたい。

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江國香織『すみれの花の砂糖づけ』を読む

 女は難しい。少しでも理解したつもりになりたい、と、思い、江國の詩集を読んでみた。難しさが深まった。わかろうとするよりも、わからないままにしておいたいいような気がしてきた。オーロラの謎を知るよりも、きれいだ、と、思うだけの方がいいのだ、きっと。

 川端康成は女が書けなかった、と、いったのは小林秀雄だったか、ナ?開高健は女と食べ物と香水が書ければ作家としては一流だ、とか、書いていたようなおぼろげな記憶。そんなこんなで、ぼくが読む8割は女研究の目論見があった、と、思う。ただ、この方法では漠然がさらに漠然となるだけ。一人に徹底した方がいいのではないか。その一人の表情や言葉や仕草、あれやこれや、あんどれやかんどれや、それに徹底した方が確かなのだろう。

 恋愛初期は、観るものすべてが心弾ませる。そして熱い時期を迎えると、意外にスーッと冷めて、「秋の枯れ葉に身を包み、冬に骨身をさらけ出す」という具合になってしまう。その都度上手に距離を置く術を心得るべきなのだろうな。近づきすぎても、遠すぎてもいけないのだ。上手に距離を置いて、女の難しさも、何もかも楽しめたら、と思う。・・・アヘ・・・

 

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山崎豊子『沈まぬ太陽』を読む

 全5巻の小説というか、小説風のノンフィクションというか、読み応えがある。数百名へのインタヴューとオレだったら一生かかるなと思うほどの参考文献の量。山崎豊子はすごい、と、何度も思った。

 日本航空を舞台に、それに群がる欲の虫たちの所業に呆れかえったり、怒ったり。テレビで映画のCMが流れ、主人公の恩地を映画では渡辺謙が演じていることを知っているので、読みながら恩地は完全に渡辺謙になっていた。

 公開の舞台挨拶で渡辺謙は泣いた。日航からの雑音も報じられたが、まだ日航はガタついていて、結局まだ欲の虫を一掃できていないのではないか。そして、そこに税金を投入したところで、虫どもに行くだけではないのか、と、様々な思いが込み上げてきた。ただ、渡辺謙への応援のためにも、映画館に足を運ばなくては、と、思った。

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瀬尾まいこ『図書館の神様』を読む

 中学の国語の講師が主人公。何か大きなことが起こる訳ではない。妻子持ちのケーキ職人との不倫と別れも痛切ではない。ただ、文芸部のただ一人の部員垣内君が素晴らしく、いい風を吹かす。この生徒を書きたいための小説ではないかと思ってしまう。そして弟もいい。何にもとらわれず、自由で、自由が故の直球発言。主人公は、採用試験に受かり、新しい土地で教師生活に向かう。何もないけれど、その何もないささやかな物語は気持ちがいい。

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あさのあつこ『ランナー』を読む

 いい小説。数行読んだ時に思った。

 うちの風呂場にはナントカいうCMでも流れている石鹸があり、それをコッソリ使った後、頬を指先でさすると、シットリ感がある。そんなシットリ感を感じさせる文章。

 面白い小説には必ず「私」がいる。人が自分を知るためには多くの他人と付き合うことだと思うが、「いい小説」はそれが読むことでできる。

 主人公の妹の杏樹が可愛い。女神といわれる理由もわかる。

 切なくて切なくて仕方ない。人物の配置の妙と語りすぎない書き方で感動に覆われる。となると、次は『バッテリー』なのだろうか・・・?

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川西文『チャリンコ日本一周』を読む

 副題に「女一人2年7カ月」とある。23歳の時に出発して、26歳に家に帰るまでの記録。

 行く先々での人の温かさに溢れている。川西さんの人間の魅力にも溢れている。ただ、ぼくが速読モードに入ったのは、その繰り返しだからなのだ。これから、同じことをする人への情報や注意点が少ない。プラスと同じくらいのマイナス面をどう乗り越えたかが欲しい。

 学校の図書館で借りたけれど、少々くたびれている。以前なら、裏表紙の裏のポケットの中に貸し出しカードがあり、誰が借りたかわかったものだが、電算化されて、それが全くわからない。この手の本を読むと、以前読んだ人のことを知りたくなる。

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松本清張『点と線』を読む

 今年は太宰治と松本清張の生誕100年ということで、あれこれの出版物やら行事やらを目にする。しかし、大岡昇平もそうだったんじゃないか。ぼくは中では大岡が一番好きなんだが。

 日本の推理小説の古典。携帯もファックスもメールもなかった時代だから、問い合わせが電報というところに、「もどかしさ」を感じながらも、一気に読めた。かなり昔に読んだことがあるし、テレビで観たことがあるから、幕開きの4分は覚えていたし、結末もわかっていた。それでも、面白かったのは何故だろう。的確な描写は頭に映像を描かせてくれるからか。東野圭吾にhない、骨太というか、凄みというか、そういうものを作品の向こうの作家に感じる。

 開高健が「食べてみたいものは」の質問に「清張の唇」と答えていたような、そんなことを思い出した。

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