中央演劇祭に行く~おわりに~

 丁度一週間前の今頃、ぼくは事務局の中原先生とホテルのロビーで話していた。彼は、審査員のメインに土田英生さんが決まってから、土田作品を読み始めたようで、読むにつれてすごい人だと認識し始め、「本当に来るんやろうか」と何回かつぶやいた。二人で駅まで行き、土田さんを待った。ところが、特急がホームに滑り込んで、どんどん乗客が改札を通るのに、来ない。二人で周囲を見回しながら、不安が募り始めた頃、あれだ!

 審査員3氏との食事会に参加させてもらった。その光栄は、ぼくが土田さんを事務局に推薦したからだと思う。ぼくは最初に「土田先生、土田さん、どっちがいいですか」ときいたら、「土田でいいです」。2時間足らずの短い時間だったけれど、気さくで率直、面白い人柄にますます魅かれた。

 それから2日間、楽屋口の灰皿のそばで、土曜夜の顧問を交えての食事会で、ぼくは神経を小町針の先のように尖らせて、話を聴いた。講演も面白く、ポイントを押さえていた。

 山梨県からの中村先生も、何と全国大会ですれ違っていたようで、それに驚きながらも、言葉の端々に高校演劇への真摯さはビンビン溢れていた。大分の小野先生が久しぶりに客席を眺めて「芸館も古くなったなァ」とつびやいた。「それだけ小野さんも古くなったってことです」という言葉を呑み込みながら、それだけ大分の高校演劇に接してきたということなのだ、と、思った。中原先生が「最高の審査委員や・・・」というつぶやきに、ぼくはその通りと頷いた。

 大雨と雷鳴の夜。おそらく、今年は一年生が頑張ったから、来年は今年よりもっと面白くなるだろう。高校生に負けない進歩と成長をしなければ。

 大分の高校演劇、生きている限り応援します。頑張れ!

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中央演劇祭に行く~日田三隈高校~

 丁寧につくりあげた舞台。舞台美術賞をとった装置、その装置の後ろにスピーカーを置き、ドアの音、ドアを開けた時の街の音、水道の音などを流す。脚本もよくできていて、会話に出てくるものがきちんと関連していく。この脚本が大分で生まれたことを誇りに思う。ただ、演技は難しい。

 今年の中央演劇祭で、ぼくにとってはナンバーワンの舞台だった。舞台へのこだわりの度合いが一番感じたし、仕上がりもよかったからだ。ぼくは土田さんの講演が終わると、審査員の講評をきかずに会場を出た。ここに感想を書くつもりだったので、聴かない方がよいと思ったからだった。本当は、3氏がどう観たかはすごく興味があったのだけれど。結果をメールで知り、そうなのか、と、思った。ちなみに、ぼくの順位は三隈、東、鶴高だった。豊府は4位だった。

 舞台に順位をつけるのは難しい。ある審査員はある顧問の舞台は評価しない、とか、いう噂があったりすることもある。ぼくが審査員の一人に招かれたある県の大会でその「ある顧問の舞台」を最優秀に推した舞台がブロック大会でも上位に入った時、その「ある審査員」は「あんたの方が観る目があるのかも」とつぶやいた。違う。ぼくはぼくなりに脚本を読み、それがどう仕上がっているかを観て、一票を投じただけのこと。ただ、その一票を投じるのは、ユニクロでTシャツを選ぶのとは違う。車を買うほどの検討が内部で繰り返される。だって、高校生は一所懸命なのだから。

 高校生の舞台を8本観て、ぼくは沢山の元気をもらった。色々なことを教えられた。次の舞台に、いざ!

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中央演劇祭に行く~大分西高校~

 以前、全国大会に行った時、広島の舟入高校がその舞台に取り組んだ記録の冊子を見て、すごいと思った。舟入高校は顧問の先生が毎年原爆をテーマに脚本を書いていたが、生徒も色んな人の話を聞いたり、調べているのだった。その取り組みもすごいが、それをまとめて印刷して、冊子にしていることもすごい。

 大分西高校の舞台を観ながら、先輩のあれこれを「引き継ぐ」ことをすべきだと思った。各スタッフの取り組みと反省を記録しておいた方がいい。大分女子高校から西高校にかわるまでの前後の長い時間、大分の代表として活躍したのに、その遺産が微塵もない。これはもちろん、今の生徒の責任ではない。今年の参加校全てが考えなくてはいけないことではないか。

 「上演許可がおりなくて」急遽創作をしたということだが、その「上演許可」問題についてはぼくなりに聞き取りをしました。その辺については、総会で話して、大分の高校演劇が「引き継いで」いかなければいけないでしょう。

 かつての遺産はあった。それは元気。あれだけ元気が良ければ、後は「どうしても上演したい」脚本を見つけることだと思う。台詞を消す音響、ちぐはぐな照明、袖幕を揺らす出入り、今一歩の脚本。沢山の課題がはっきりしたのだから、次はそれを全部解決した舞台をみせて欲しい。

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中央演劇祭に行く~大分鶴崎高校~

 月曜日から学校がインフルエンザで休校。帰ると、下の娘の学年がやはり同じ事態になっていた。そして、今日、うちの学校は木曜日までが一日延びた。どんよりとした天気に休校の学校は、なんとも奇妙な感触だ。

 昨年と同じ脚本だったが、今年の方が面白かった。父親と娘の恋人を女生徒が演じていたが、特に気になることはなかった。異性を演じるのは様々な困難が伴う。しかし、それは、演じる場合にはいつもあることで、どうやって演じるかが適切ならば問題はないことを教えてくれた舞台だった。キャスト全員が一年生というのが、来年を楽しみにさせる。頑張れ、鶴高!

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中央演劇祭に行く~大分豊府高校~

 脚本、演技、装置、音響、照明、どれも良かった。特に演技は今回の参加校の中では一番よかった。また、台詞に大分の言葉をつかっているのもいい。近年地域の言葉を使う傾向は高まっているようだ。昔、ある脚本を上演する学校の手伝いをしたことがある。その脚本は東北の言葉を使っていて、慣れない、わからない言葉よりも、いっそのこと大分の言葉にしよう、と、提案した。彼らはそうしたのだけれど、審査にいらっしゃった故宮本研氏に酒の席でそのことを話したら、叱られた。そんなことを思い出した。関係ないね。ごめん。

 ぼくも明確な答えをまだ出せていないのだけれど、グループエンカウンター(以下、GE)を使ったことはどうなのだろうか。柳井先生がGEの練習にと3人の生徒を呼び出した設定も気になる。 ぼくなら、呼び出した生徒は一人だけにする。そして、GEを表に出さないか、途中でGEを破綻させる。GEとはどんなものか、その紹介ではないと思うから。『コーラス・ライン』が作者の頭をかすめたかどうかはわからない。あれだけ酷な過去を語らせて、後、どうするのか、どうなるのかが気になった。柳井先生が過去の自分に向き合うことから、今は立ち直って生きているというのだろうか。ただ、一度に3人は無理があるから、二人は「助手」なのか、と、色々なことを考えさせられた。

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中央演劇祭に行く~東明高校~

 脚本を朗読するという形での参加。パンフのキャストには男子生徒の名前があるから、彼が出られなくなってということなのだろうか。朗読はけっこう練習の跡がうかがえるだけに、生徒たちも残念だったろう。

  東明高校の創作脚本は朗読は完結しないままで終わったけれど、上っ面だけの内容だった。もし、もう少し魅力的なものであれば、彼が参加できなくなっても、残りの人だけでも上演しようよ、と、なったかもしれない。

 朗読にも工夫があってもよかった。椅子に座っていて、読む時だけ立ちあがって読む、それだけでも少し変わったかもしれない。

 あるいは、書いたところだけ読んで、これからどうするという形で意見を言い合うのもいいかもしれない。即興でもいいんだ。

 東明の今度の問題はどこの学校でも起こるかもしれないこと。そうなったら、どうするだろうかと考えてみたほうがいいかもしれない。そして、そうならないためにはどうすればいいのか。

 

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中央演劇祭に行く~安心院高校~

 指導力不足教師を裁判員制度に絡めて描くのは面白いが、その線でととんやればよかったのに、結局主人公は「平均値の定理」になってしまったように思う。数学が不得手というか天敵のぼくにとっては、その定理がよく理解できなかった。

 それとこれは大きなお世話だろうが、鈴木君は、一度はあれとは違う線で演じたらどうだろうか。多様な役を経験するには3年間は短いけれど、違う役を演じることで、違う自分に出会えるように思う。

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中央演劇祭に行く~三重総合高校~

 高校生の舞台の持ち味が溢れていた。一つは元気。もう一つは遊び。縦横無尽に作り上げた舞台。

 ところが高校生創作の甘さも溢れている。「レミング」がそれ。それは芝居を完結するキーワードなのに、無造作に提出される。そして、いつも思うことだけれど、それで解決できるのだろうか?

 大会のために選んだテーマなら、深刻な問題だからこそ、全員で調べるとか、学校の教育相談の先生にきくとかしてもいいんじゃないだろうか。公園ではなく、家の縁側にして、ホームレスではなくじいちゃん、ばあちゃんにした方が、解決の糸口には近いような気がする。

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中央演劇祭に行く~大分東高校~

 舞鶴で演劇同好会を2年。その時は予算も稽古場もなく、演劇祭前は生徒昇降口前で通していた。時期的に、5時には暗くなり、アコードエアロデッキのライトを照らして、そこでやった。一回通して、明日までの宿題を出して、ぼくは55キロを帰った。ただ、その後、外灯の下で稽古していたとかいう話もあるが、彼らの口からきいたことはない。大分東の生徒は、ラグビー部のグランドの横で稽古してきたらしい。その難しさ、だからこそ情熱もわかる。

 いい舞台だった。脚本がいい。ぼく達の日常とはあのようなもので、それぞれの背後の重さを明かさないまま、どーでもいいようなことを話している。沈黙も生きていた。そういう中から、切ない部分を感じた。ぼくはあの舞台に想像力をかきたてられ、参加してたのではないかと思う。石川遼子の生活も、新潟に転校して、ちょっとだけ帰ってきた理由も、ぼくなりに理解できた。竹中が進学したのが青森にしたのも、フムと思う。肝心なことは何も書かないことで、ぼくは参加できた。

 最後に大黒を全開にしてほしかったが、ちょっとした理由でできなかったようだ。タイトルももうひとひねり欲しかった。ザ・高校演劇、これぞ高校演劇、と、ぼくは思った。そういう舞台に最初に触れることができた幸せ。インフルエンザで学年閉鎖(だったか?)の中、校長に直訴して出場までこぎつけたらしい。そこまでする価値はあった。その舞台には生身の高校生の息遣いがあったからだ。ぼくにとっては初日ナンバーワンの舞台だった。

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中央演劇祭に行く~はじめに~

 金曜日、仕事から帰って、犬とメダカに食事を与え、安物のナップザックに着替えとカメラと本を詰め込んで、出発した。そして、今日、土田英生さんの講演を聴いて、上演の講評を聴かずに、芸術会館を後にした。ここでぼくなりの感想を書くのに、審査員の3氏の意見を聴いてはいけないと思ったからだ。さきほど、携帯メールに審査結果が知らされた。九州大会の県代表には大分豊府高校に決まったようだ。ほう、と、思った。これからしばらく、上演校の一つ一つ舞台に、ぼくなりの感想を書いていきたい。

 大会期間中は天気がよく、芸館の外で色々と話すにはいい環境だった。楽屋口からも、正面玄関からも、色を変えていく木々がうっとりさせてくれた。

 今年の審査員は良かった。昨年までが悪いとは言わないけれど、組み合わせの妙もある。土田英生さんは、おっと、これは最後にしよう。

 審査員諸氏の判断とは異なるけれど、一人の観客として観て、考えたことを述べてみたい。

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